スーパードライ

 失ってからその大切さに気付く、なんてのはよくある話だ。実際今も、なくすまでは必要性すら感じなかった缶切りを2、3時間後のつまみの為に必死になって探してる。

「…やめた」

 結局探し出すのを諦めた俺は、そろそろ帰ってくる頃だろうと、玄関の鍵を開けに行った。今日はどんな言葉で罵ってやろうかと考えている間に、坂田は足音をたてずにドアの前まできていたらしい。カチャッと控え目な音がしてドアが開いた。

「わっ」
「うわっ!…びっくりしたぁ〜!」
「……早かったな」
「…何お前、俺が帰ってくんのずっとここで待ってたわけぇ?」
「待ってねぇよ馬鹿かお前」

 顔を背けてしまった俺を見て坂田は笑った。…こいつのパチンコ癖を今日こそ治させてやるつもりだったのに。

「照れてんの?土方かわいー!」
「うっせえ黙れ天パ」
「…なあなあ、土方ァ」
「黙れ」
「お帰りのちゅーは?」
「……」

 いつもこいつのペースに乗せられる。甘え上手なこの男に抗えたことは一度もない。

「…ふ、んン…」
「……は、」
「ぁ、土方…布団は?」
「もう敷いてある」
「さっすが新妻土方くん」
「誰が新妻だコラ」
「いいから早くヤろーぜ」
「…酔っ払いが」

 体のどの部分を撫でても声をあげる。次第にかすれていく吐息のような声に、無茶苦茶に突き上げたい欲求が高まる。
 坂田の先走りを纏った指で奥を引っ掻けば、より一層甘い声をあげた。たまらなくなる。説明できないような興奮に包まれて、ひたすら中の指を腕ごと動かした。

「…やめ、ろって…も、出るからァ…!」
「…出せよ」
「っぁぁ!」

 緊張、弛緩。坂田の全身の筋肉が緩まっていくのを感じて、俺は素早くズボンと下着を脱ぎ捨て、坂田の足を担ぐ。

「坂田…ッ」
「んぅ……あァッ!」

 渇いている。渇ききっている。どうしようもなく坂田が欲しくて、なかなか潤わない心に苛立った。

 同居を始めて3ヶ月。毎回こんな感じで崩れるように抱き合って、セックスに飽きたら安い缶のつまみをあけてビールを飲む。俺と坂田は恋人というよりむしろ喧嘩相手と言う方が当てはまる関係で、でもそれは坂田がそうありたいと思っていただけで俺は違った。
 俺は、本当は、坂田がもっと俺に依存すればいいと思っていた。このマンションの一室に閉じ込めて。俺だけを見ていればいいと本気で思っていた。


 玄関から坂田の間延びした"ただいま"の声が聞こえた時、俺はまだ裸の女と布団の中にいた。
 焦りと期待が巡る。坂田を傷つけるかもしれないという不安からくる焦りと、嫉妬する坂田を見たいという期待。
 邪魔してごめんね、と明るく言って坂田は出て行った。それっきり帰ってこなかった。日付がかわるごとに、俺は渇いていく。
 失う前から、分かっていたはずだった。大切なのだと知っていたはずなのに、手放してしまった。渇いていく。
 坂田と飲むために買ったスーパードライを、俺はまだあけられずにいる。






ビールはやっぱりスーパードライ!






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