ブログ | ナノ
not日記 yesネタ帳




2012/11/26 03:03
いつも何気なく通り過ぎるだけの教会に、今日はなんとなく目が止まった。
というのも、普段は閑古鳥の鳴き声が響いていそうな教会に人だかりが出来ていたからだ。
思わず自転車から降り、遠目にその人だかりを眺める気分になったのはまさに気まぐれに近いものだった。

ざわめく人々は皆一様に礼服で身を包み、閉まっている扉を期待で満ちた目で見つめている。
まだまだ世界を知り得るには未熟な年齢のトウコでも、この行事には思い当たる節があった。

やがて盛大な音楽と共に開かれた扉からは、目を奪われるような美しい白いドレスを纏った女性と、カッチリとしたタキシードを着込んだ男性が腕を組みながら現れた。
二人の表情は幸せに満ち溢れており、参列者に混じってドレディア達が花びらを散らしている。

まるで別世界のようなその光景をトウコは人々が屋内に入ってしまうまで呆けたように見入っていた。
やがて脳裏に焼き付く花びらに圧倒された、ふわふわとした思考のまま自転車に跨がったトウコは、なんだか無性に会いたくなってしまった人の顔を思い浮かべ、今度はしっかりとした足取りでペダルを踏み込んでいく。
自転車に乗ったままは危ないからやめろと何度も注意されていたが、それすらも忘れてライブキャスターを開くと押し慣れた操作で呼び出しをかけたのだった。




「という経緯なんです」

飲み干して空っぽになった紙コップを勢いよく机に置くと、青年の眉間に寄っていた皺が更に深くなった。やめなさいと小さく咎められるがそれを聞かなかった事にしてトウコは説明を無理矢理進めていく。

「だから、花びらがバァーってなってて、花嫁さんもヒラーっとしてて、凄かったんです!」
「貴方はたまにとてもボキャブラリーが乏しくなるな」

呆れたように飲み物に口を付ける青年は、それでも聞いているという姿勢を崩さない程度にため息をついた。
あの挙式を見たトウコが興奮冷めやらぬままやってきたのはナツキの家だ。観覧車での出会いから約一年。最近まで観覧車でのみの逢瀬だったが、ある機を境に家に出入りするようになった。トウコ自身は順当な進歩として素直に喜んでいたものの、律儀な青年は様々な段階を一気に飛ばして家に招くのは相当不本意らしい。とは言ってもトウコがおねだりをすれば何だかんだと部屋に招いてしまうナツキは実のところそれなりに甘かったりするのだ。

「結婚式!」
「……あぁ」
「素敵だと思いません?」
「……まぁ」

ノリが悪い!と頬を膨らませトウコはナツキの膝を蹴った。勿論かなりの手加減はしているので、ナツキは顔色一つ変えない。
面白くないとばかりにトウコは向き合うようにして蹴ったばかりのナツキの膝に乗り上げた。行儀が悪いと再び咎められるが、知ったことかと言わんばかりに体を密着させる。
ここでようやくナツキは観念したようにトウコの背に腕を回した。大人しく好きにさせる気になったらしい。

「おかしいなぁ、ナツキさんから告白してきたのに、イチャイチャする時は絶対私からですよ」
「告白してきたのは貴方からだろう」
「違います〜ナツキさんからです〜」
「いや、貴方からだ」
「もー!見栄っ張りなんだからー」

唇を尖らせながらもトウコに離れる気は無いようで、手持ち無沙汰にナツキの髪をもてあそぶ。一方のナツキも時折髪を引っ張られる刺激に眉を寄せるものの、トウコの好きなようにさせていた。

「結婚式」
「まだ言うか」
「良いなぁ〜って、思いません?」
「……」
「私は結婚式するなら、ナツキさんとしたいです」
「それは、」
「でも〜、ナツキさん外だと手も繋いでくれないしー、付き合ってもう何ヶ月も経ってるのにキスもまだだしー。……私待ってるんですけど?」

トウコの直球な物言いに、さすがにナツキもたじろぐ。
事実、ナツキは人目のある場所では必要以上に触れようとはしないし、二人きりでもトウコが迫らない限り中々恋人らしい振る舞いをしようとはしない。
当初から奥手の気があると見抜いていたトウコでもそろそろ我慢の限界だった。どちらから先に告白したとかは最早問題ではない。確かにお互い好き合って傍に居るのだから、何も躊躇する事はないのだと何度も伝えているにも関わらず、ナツキは自らトウコに触れる事に戸惑っていた。

「ナツキさんが頑張ってくれるのを待っていたら、私お婆ちゃんになっちゃいます。ちょっと今ちゃちゃっとチューしちゃいません?」
「な、な…! 貴方は! もう少し貞操観念を持ったほうがいい!!」
「ナツキさんは持ちすぎ!」

ギャアギャアと言い争うも、そうそう長く続くものではない。そのうちムッツリと黙り込んでしまったトウコはそそくさとナツキの膝から降りると、カバンに自分の荷物を詰め込み始めた。訳が分からないといったように怪訝に見つめるナツキをよそに、着々と荷物を詰め終わったトウコは、ナツキに向き直ると盛大に馬鹿!とだけ吐き捨て出て行ってしまった。

呆気にとられたナツキは、ため息を一つ吐くとまだ中身の残っているカップを手に取り、それをシンクへと捨てた。
新しいカップを取り出してインスタントのコーヒーを再び入れ始めたところで、玄関の外から大きな足音と、やがてけたたましい音を立てて扉が開かれた。
ズカズカと勝手知ったるように入ってきたのは、先程飛び出して行ったトウコ本人だ。肩で息をしながらナツキに近付くと力いっぱい腰に抱き付いた。

「バカー!こういう時は追っかけてくるのが彼氏じゃないですかーー! 隣町まで走ったのに全然来てくれなくて私のほうがバカみたい!」
「もう何度目だ、飛び出して行ったの」
「追いかけてくれるまで何度でもやります!」
「やれやれ…」

宥めるようにトウコの背を撫で、息が落ち着いてきたところで、作り置きしたコーヒーを手渡す。顔は涙で酷い事になっていたので、ハンカチも一緒に渡した。
コーヒーを呷りながら涙を拭くという器用なことをやってのけ、使っていたカップを傍らに置くと、再びナツキの腰に抱き付いたのだった。

「ナツキさん冷たい…」
「…申し訳ない」
「でもそんなとこも好き」

素っ気なくても好きになってしまったものは仕方ないのだ。元より、トウコ自身もさほど積極的な気質ではなかったが、青年がこの調子では積極的にならざるを得ない。

「ナツキさん、いつか襲う」
「!? ト、トウコ…!?」
「逃がしません、ナツキさんは私のものです」
「お手柔らかに……」

了承は得た。
もうあとは此方から攻めるだけだと言わんばかりの決意を固め、未だ脳裏にチラつくあの光景を夢見てこれからの行く末にほくそ笑むトウコだった。

「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -