3.about him world


ふわっと香る甘い卵の香りで目が覚めるのは初めてだった。布団からゆっくり体を起こし、前方に見える台所を見ると、どうやらカエデが朝食の準備をしているらしい。

「あ、クラサメさん起こしちゃいました?」

「いや、いつもこれぐらいに起きるから問題ない。」

「...ああなるほど。軍人さんの朝はいつも早い訳ですね。もうちょっとでご飯できるのでちょっと待っててください。」

「何か、手伝う事は。」

独り身であったクラサメは何となく手持ち無沙汰だった。カエデがこいつ料理できるのかな...といった目で見ている。失礼な、これでも候補生時代からの10年以上は自炊だ。

「ええっとじゃあ...このサラダ、机に置いておいてください。それとドレッシングも。」

「ああ、分かった......随分、急いでいるな。」

「え?あぁ、今から仕事なんです。いつもよりちょっと遅く起きちゃって。」

「病院、で働いているのだったか。」

「はい。ここから結構近いんですけどね。」

出来上がった卵焼きを弁当に詰め、余った分をウィンナーが入っている小皿に分ける。更に焼いたパンとジャムを付け合わせて、カエデの朝食は完成である。
2人で1つの食卓に向かい合って座る事はとても久しぶりだった。勿論友達と食べる事もあるが、大抵飲み会になるし、最終的に誰かが潰れてグダクダになって朝になる。

2人とも黙々と朝食を平らげていく。クラサメは元よりお喋りではないし、カエデも遅刻する訳にもいかないので当然と言えば当然だ。
あっという間に食事を済ませると流しに食器を突っ込み、手早く弁当や水筒をカバンの中にしまっていく。

「夕方まで仕事なので、1人で退屈かもしれませんけど...適当に暇潰しててください。テレビのリモコンはこれで、本棚の本とかも読んでいいです。といっても医学書が多いのでつまらないかもしれませんけど......あ、後昼ご飯はそこにクラサメさんの分のお弁当あるんでよかったら食べてください。夜ご飯は帰ってから作るんで。じゃあ、行ってきますね。」

「あ、あぁ。」

バタン、とドアが閉まるまでがあっという間だった。急にしん、と静まった空間が少し淋しく感じる。これが当たり前であったはずなのにそう感じるのは昨日からずっと2人で共に行動していたからか。
そもそも普段なら日中は大体授業か作戦中だ。戦時下であったから当然休みの日など無いに等しい。つまり、こんなに何もしない日を経験した事が無くてどうすれば良いのか分からないのである。

とりあえず、と教えてもらったリモコンを手に取る。機械を使って映像を映し出す物を自分が触っていると思うと何とも言えない気分だ。勿論、この世界では魔法は当たり前の様に存在していなくて、そして当たり前の様に機械や科学が存在しているという、常識の違いが有るのだから仕方の無い事なのだが。
電源のボタンを押せば陽気な笑い声と共に画面が多彩な色を映し出す。
どうやらバラエティー番組の様だ。自分の世界ではこういった人々の娯楽の為に作られている物はほとんど無かったに等しい。なにせ一時期は首都以外が敵国白虎に占領されていたぐらいなのだから。

そんな事だからすぐにチャンネルを回す事にした。笑いどころがわからないバラエティー番組など観ても無意味だろう。幾つか回してふ、と止めたのはニュース番組だった。
清楚なキャスターが椅子に座って各地の出来事を語っている。丁度、1つの事件を取り上げているようだ。

「ー自宅の浴槽で遺体で発見されました。警察の調べによりますと170cmくらいの黒いパーカーを来た若い不審な男性が目撃されており、殺人事件として捜査が続けられています......それでは続いてのニュースです、」

「殺人事件...か。」

平和の定義とは何だろう、と考える。カエデはこの国は戦争もない、平和な国だ、と言っていた。しかし実際にはこうしてどこかで知らない人の命が奪われている。勿論、自分がいた世界とは段違いに安全なのはわかる。まず町の外へ出れば魔物が蔓延る平原や森が待ち受けていた。普通の人間は軽々と出かけることはできないだろう。

あの後、もし、朱雀が白虎を降伏させたとして。

その後の朱雀は、果たして、平和になっただろうか。

「......いやいや...平和、だろう。戦争が無くなるのだから。」

必死に戦場に向かっていた若い私の生徒達も、命をかけなくて済むのだ。少なくとも私が関わっている人達は皆強いから、死ぬ危険性はなくなるだろう。
でもそれでも言い淀んでしまうのは。
自分が手に届く範囲でしか平和かどうかなんて測れない事を分かっているのに知らないフリをして逃げてるのを認めたくはなかったからだ。

あの時だって、都合の良い解釈で。
逃げようとした。自分の未来から。

「......これ以上考えるのは、やめよう。」

テレビをプツン、と消し目を瞑った。
考えたところで変わらないだろう。そういってやはり逃げたままなのかもしれないが。










「ただいまー」

ガチャッと扉の開く音がした。
あの後寝てしまって、気づいたら昼を過ぎていた。遅い昼食を摂り、ぼうっとテレビや本を眺めていたら時間はあっという間であった。

「......ああ、おかえり。」

「何でちょっと間があったんですか。」

「いや。余り言い慣れてないだけだ。気にするな。」

「隊長だったのに?まあ、気にしてはないですけど。」

カエデは買い物の袋を台所の前にドサッと置き、幾つかの食材を冷蔵庫にしまっていく。
出したままの物はどうやら夕食に使うようだ。

「今からご飯作るのでちょっと時間かかりますけど、大丈夫ですか?」

「...ああ、問題ない。」

鞄を適当な場所に放るなりカエデは料理を始めた。魚に数種類の野菜。調味料にはバターが用意されている。

「焼き魚か?」

「はい。タラのバター焼きでも作ろうと思って!」

「なるほど。」

慣れた手つきで野菜をカットし、仕込んでいく。何か手伝おうかと思ったが、器用に一品一品を準備しているのでやめておいた。

「軍人さんって普段どんなもの食べてるんですか?やっぱり時間とかきっちり決まってるんですか?」

「いや、そうでもない。その日によりけりだな。時間があればリフレ...食堂みたいなところへ食べに行くが、遅くなれば適当に部屋で作って食べる。」

「......へえ、意外と緩かったりするんですね。」

「絶対今、料理できるんだ...と思っていただろう。」

「なんで分かったんですか。エスパーですか。」

「...全く。正直すぎるのも問題だな。」


こうしてしばらく談笑していれば、あっという間に夕食は完成した。料理ができるとはいったが、これほどしっかりとした食事を作って摂るという事はあまり無かったように思う。そして本日2回目の向かい合っての食事を始めた。







「あ、そういえば。」

「なんだ?」

入浴も済ませゆったりとした時間を過ごしていた時だった。思い出したようにカエデが声をかけてきた。普段入浴後は仕事をするかすぐ寝るかのどちらかであったから、このまったりとした無言の時間にどこかむず痒さを感じていた。体を動かしていなくて寝ようにも寝れなかったから丁度良いタイミングであった。

「明日、丁度仕事が休みなんですよ。折角なんでどこか、出かけませんか。」

「ああ、別に構わないが。」

「行きたいところーっていっても分からないですよね...」

「当たり前だ。こちらの事は分からん。元より娯楽目的で外に出る事すら無かったからな。」

「で、ですよねー......はは、聞こうと思った私がバカだった...分かりました、ちょっと明日までに考えておきますね。クラサメさんが見た事無さそうなのってなんだろうなあ...」

そうやって悶々と考えるカエデはどこか楽しそうであった。何故なのか、と単純に疑問に思い聞けば、昔もうちょっと若かった頃はこんな事をしょっちゅうしていたからだ、という。
結局どういう事なのか、よく理解ができなかったが楽しそうなのだからまあ良いだろう、と適当に解釈しておいた。
柄にもなく少しばかり明日の事を楽しみに思いながら、微睡みに身を任せたのであった。






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