1.from the sky


空から人が降ってきた、という場面に出くわすのは初めてだった。いや、それは大抵の人が憧れの大好きなキャラクターで想像した事はあっても経験をした事はないだろう。
想像は自由だ。実際に起こり得ない事なのだから自分の都合の良いように話を進めてしまえば良いし、この人が空から降ってきた衝撃で怪我をしてないかだとか、最悪の事態に陥っているのでは......だなんて事は考える必要が無いのだ。

しかしこれは現実だった。これからのラッキー恋愛を想像する事は出来るはずもなかった。
何せ、降ってきた彼はズシンと地面を揺らすと同時に、うっとくぐもった声を上げてピクリとも動かなくなったのだ。

「あ、あの......大丈夫、じゃないですよね......」

もちろんそれに対しての返事もなく、これはもしかしての最悪の事態ってやつなのではと思考が巡る。
しかし私はかえってそれで冷静になった。今すべき事はどう考えても応急処置だ。そう思い至ってからの行動はとても早かった。
まずはうつ伏せの彼を仰向けにし、顎を軽く上げて安否の確認をする。意識を失っている男性の体勢を女性1人が変えるのは至難の技だが、引き締まった無駄のない身体のこの男性は思ったより軽く、何とかゴロリと転がして事なき事を得た。

「とりあえず、生きてはいるみたい...。」

鼻の近くに手を当てれば、整った息遣いが聞こえてくる。よく見ると彼は頭を怪我していなかった。ズシンと音がした時には不味い、と思ったがどうやら腕で受け身を取っていたらしい。酷く身体を打ったとは思うが、彼の羽織るコートの様な厚めの服が緩衝材になってくれていたようで、致命傷になり得る出血は特になく一先ず息をついた。

「それにしても......」

目の前の彼をじっくりと眺めてみる。暑苦しそうな長い丈のコートには装飾用の赤いベルトが付いている。コートといっても現代的なそれではなく、どちらかというと異国の軍服に近いものであった。そして青金色の髪に......何と言っても特徴的なのが身に付けているマスクだ。私達が思い浮かべるであろう風邪などの時に使う白い布ではなく、鈍色に光るマスクは顔の輪郭をすっぽりと埋めるような構造になっている。
これは金属、なのだろうか。私は何気無くそのマスクに手を伸ばした。

しかしそれは目の前の人物に阻まれてしまった。手首をがっしりと掴まれ、動かそうにもビクともしない。今まで目を開ける事の無かった彼は、しっかりと目を開きこちらを睨みつけていた。

「え、と......あの...意識が戻ったんですね。どこか、痛いところとかは.....」

応答は無い。変わらず私を睨め付けたままで、マスクもしているのもあり全くもって何を考えているのかが想像つかない。

「あ、あの......」

「......ここは、」

「はい?」

「何処の領地だ?朱雀か...それとも白虎か。そもそも私は......」

彼の会話が呟きへと変わった。朱雀、白虎、領地。言われた言葉を頭で思い浮かべたが、いまいち言葉と言葉が結びつかない。
恐らく何かがズレている。文化の違いだとか、そんなものでは無く。否、それも含まれているのだろうが、それ以上の何か、なのだ。それが何なのか分からないから困るのだが。

彼は脳内でこの状況の整理がついたのか、私の手首を見、そしてパッと離すと急に立ち上がった。

「あの、立ち上がって大丈夫ですか?かなり身体打ってたと思うんですけど......」

「特に問題はない。で、さっきの私の質問には答えてくれないのか。それとも、答えられない理由があるのか。」

人の心配を問題ない、の一言で片付けられてしまった。私としてはとても気にかかっていることなのだが、それを言えそうにはなかった。
手首は解放されたが、彼は有無を言わさぬ威圧的なオーラを放っているのだ。怒鳴るでもなく、暴力を振るうでもなく、静かに迫ってくる。それが一番怖いに決まっている。

さて、なんて答えれば良いのか。
戦争をしている訳でもないんだから何処の領地かだなんて......もしかして彼は紛争がある国から来たのだろうか?その仮定をすれば彼の言う朱雀とか何とか...は地名のようなものなのかもしれない。聞いたことも無いけれど私はそんなに世界の情勢に詳しくはないし。これなら納得できなくもないかもしれない......彼が空から落ちてきた事を除けば。

「ええっと、とりあえず貴方が言っている朱雀とか白虎...という場所ではないです。そもそもここは戦争している場所ではないので。」

「...何だと?」

「あっと...だから朱雀とかっていう場所では無いんじゃないかな......と。」

「ああそれはいい。それより、戦争をしていない、と言ったな?」

「え、あ、はい。」

「あの後の世界なのか...?いやしかし朱雀でも白虎でもないとなると......」

彼はまた考え込んでしまった。いや、考え込まれても困る。拉致があかない。
これでは当分家に帰れなくなりそうだ、と思った。しかし私の性格上、このまま彼を放っておくのは難しい。怪我をしているのなら、尚更だ。
私は勇気を出して彼に声を掛けた。

「あの!とりあえず、私の家に来ませんか!!」

「...何だと?」

「あ、いや、変な意味じゃなくて!絶対ここで考えてても進まないと思うんです!一回冷静になりましょう?こっちです、ついてきてください。」

「おい、待て!」

半ば強引だがこうでもしないとまた彼のペースに引きずられそうだったから仕方のない事だ。うん、仕方がない。
後ろをちらっと見ると、相変わらずの不機嫌な顔だったが、ちゃんと付いてきてくれているようだったのでこの場は何とかなりそうだった。
まあ、結局事態が分かるどころか謎が増えるばかりになってしまったのだが。



「ここです。どうぞ、入ってください。あんまり片付いてないですけど、気にしないでください。」

「......失礼する。」

彼が落ちて来た場所から私の家までは、然程遠くなかった。少し大通りから外れた所にある、安めのアパートの一角だ。
適当に座るよう促し、冷たいお茶を2つ分注いだ。何せさっきまで、炎天下の中にいたのだ。朝とはいえ、相当汗をかいた。特に彼なんてあんなに暑そうな服着ているし。

「お茶どうぞ。暑かったですよね、ほら、服も長袖でしたし。」

「...有難く頂こう。」

彼はグイッとコップを傾けた。やはり、相当暑かったらしい。一口で中身は空になっていた。

「えと、もう一杯いります...?」

「ああ...頼む。」

彼にもう一杯注ぐと、自分も一口。乾ききっていた喉を潤した。
つかの間の沈黙。ふ、と彼を見やれば、先程に比べ不機嫌な顔が幾らか和らいでいる。少しは落ち着いてくれたようだった。

「色々聞きたい事もあると思いますけど、まずは怪我の手当てさせてください。」

「さっきも言っただろう、特に問題は」

「腕とか、捻挫してるんじゃないですか?」

「な...。」

「いいですか?私は貴方が空から落ちて来る一部始終を見てたんです。お願いだから手当てさせてください。」

「......分かった。右手首だ。あまり覚えていないが、恐らく受け身をとった。」

少し強引にお願いをすると、観念したのか右腕を差し出した。やはり、腕で受け身を取っていたらしい。
部屋の隅にある救急箱を持ってくると、まず彼の手袋を外す。なんでこんな暑い日に手袋なんか。こう見えて日焼けとか気にしてるのかな。確かに色白いけど。
次に長袖も少し捲ってからテーピングを施す。ガッチリと綺麗に固定させると、最後に氷嚢を作って手渡しして。

「しばらくはこれで冷やしててください。見た感じあんまり腫れてなかったので大丈夫だと思いますが、無理して動かさないでください。」

「ああ。それにしても、手慣れているな。救護班にでも勤めているのか?」

「そんな感じです。病院で働いてます。貴方こそ...ええと。」

なんとなしに名前を促した。ずっと貴方だとか彼、というのは何だか話し辛い。名前が分かれば少しは話がスムーズにいくかもしれない。

「クラサメ、だ。」

「クラサメさんですね?あ、私柏木カエデと言います。よろしくお願いします、というのは変かも知れませんが...」

「ああ、そうだな。」

......やっぱりこれ、上手くいきそうにない!!

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