6.一路邁進


八席議会とは魔導院ペリシティリウム朱雀の指導者であるカリヤ院長を議長とし、各局長に席を設けられている国家の最高決定機関である。
席は全部で11席あり、各局や軍令部で8席。残りの3席は臨時の席として存在しており、戦時下など特殊な状況下である時、ルシや諜報部の人間が加わるのだ。

「失礼致します。」

「ええい来るのが遅いわ!」

「……申し訳ございません。」

滅多に入る事のない、重々しい重役会議室の扉を開けた途端、身に覚えのない罵声を浴びせられた。あの連絡を受けてから然程経っていないはずだ。元々この軍令部長は四課の事をただの駒だとしか思っていないのだろうし、今は戦時下で気が立っているのだろう。
反射的にユヅキは軍令部長に頭を下げた。面倒な事は避けるべきだ。
深々と頭を下げているとそれはやがて、議長の一言によって制される事となった。

「……先ずは議会を続ける事が先決でしょう。頭を上げて、そちらの席に。」

「承知致しました。」

ユヅキはカリヤ院長に促され、指定された席についた。
議会は朱雀解放戦線後からずっと続いているのだという。作戦後、白虎はアルテマ弾を投下した。それは玄武、ロリカ同盟を地図上から消し去る結果となり、朱雀そして隣国蒼龍を震撼させる出来事となった。白虎は圧倒的な武力をもってオリエンスを統一しようとしているのである。
勿論朱雀はそれを黙って見ている訳にもいかなかった。現状、魔導院以外の都市はほとんど占領されている。幸い解放作戦が成功した事で白虎を怯ませる事が出来たが、それだけで状況が変わるはずもなかった。魔導院の外に出れば目と鼻の先に敵がいるのである。
先ずは反撃の一手を打つ必要がある、というのが議論の主題であった。

「……その第一歩としてルブルム地方の奪還を目指す事になるでしょう。」

「目下奪還を狙えるのはやはりマクタイであろう。」

「ええそうですわね。魔導院から一番近いマクタイを拠点にすれば残りのアクヴィとコルシの奪還も上手くいくでしょう。」

「…この奪還作戦は候補生にとって初めての作戦となります。諜報四課として、何か意見はありますか。」

カリヤ院長は強調してユヅキに問いかけた。つまりは四課の非公式な情報を踏まえて、作戦を練りたいという事だろう。

「はい…マクタイに駐屯している白虎部隊は小隊規模で人手不足により防御体制もまだ整ってない状態です。なるべく早くに作戦を実行するべきかと。」

「しかしまだ軍は再編成の最中なのだぞ。軍で動ける者は殆どいない。実戦経験のない候補生だけで作戦に臨むというのかね!」

「それは心配いらないわ。あの子達ならできる。」

軍属ではない候補生も本格的な戦闘介入をする事が議会では決定していたらしいが、まだ不満の残っている軍令部長は苛立った様子で吠えた。
しかしそれはドクター・アレシアの簡素な一言で片付けられる。あの子達…0組の事だ。ドクター・アレシアはふっとユヅキへ目を向けてからすぐ前に戻した。

「……私もそう思います。白虎のマクタイ配置部隊は新兵ばかりです。条件はあちらと然程変わらないかと。」

「ぐっ…しかし実戦経験の有無をそう簡単に縮められると思っているのか!」

「0組は事実として朱雀解放作戦を成功させています。今回はクリスタルジャマーもありません。候補生の個々の能力は優秀です。解放作戦の時よりずっと勝機があるのでは?
軍の再編成を無防備なまま待つよりかは良いと思いますが……如何でしょうか、カリヤ院長。」

「……朱雀の民として、候補生として生きる為ならば皆、戦う事を厭わないでしょう。」

カリヤ院長はしばらくの沈黙の後、肯定の意を表した。それは議会の終結の意味と同じだった。

「決まりね。」

「それでは詳しい作戦は後程、作戦課でする事に致しましょう。」

当然だ、とドクター・アレシアが鼻を鳴らす一方で軍令部長は渋い顔をしていたが、議会での可決だ。声は出なかった。
議会が纏まると議員はそれぞれ席を立っていく。院長や軍令部長、院生局長はすぐ作戦課でマクタイ奪還の作戦会議に呼ばれている。勿論ユヅキもその一人である。
ユヅキは席を立ち、足早にこの場を去ろうと向きを変えるとドクター・アレシアと目が合った。

「ああ貴方…」

彼女はすっと目を細めて手に持っている煙管を上げる。
自分の身体が思うように動かなかった。内面を見られている様な、射抜かれている様な、そんな感覚だった。

「あなたは他の人よりあの子達を知っているようね。今後任務でも一緒になる事もあるでしょうし良かったら仲良くしてあげて頂戴?まだ、ここに慣れていないようだから。」

「……っはい。」

何か含むような言い方にユヅキは悪寒を感じ、一言返事をするのが精一杯だった。ドクター・アレシアがその場を去った後も足が縫い付けられたようで、暫くの間動く事が出来なかった。










「ああ、ナギ。」

「おっ終わったのか?おつかれさん。」

全てを終えた頃にはもう日が暮れていて院内をうろついている人間も疎らになっていた。ユヅキは作戦課を出てすぐのエントランスでばったりとナギに出くわしたのである。

「次の仕事が決まったわよ。」

「お、マクタイでの仕事か?」

そういってナギはヘラッと笑った。解放作戦以来初めての任務である。勿論任務が好きなわけではない。そんな事を言うのは死にたがりぐらいだろう。ただ任務続きが日常となっている身体はやはり何も無い日が続くと、どこと無く落ち着かないのである。

「そうよ。候補生に伝えるのはまだもう少し先だから大きな声で言えないけど……といっても今回はそんな大層な任務じゃないわ。あくまでメインは0組よ。」

「ふうん。0組のお手並み拝見ってか?」

「そんなところね。つまるところ私達はバックアップ…相手の通信班を潰してかく乱させる係よ。」

「いつもと同じ潜入ね変わらないこった……ってことはあれ、今回の潜入ってもしかして?」

ナギはふと思い立つとユヅキの方を向いて露骨に嬉しそうな顔をした。全く子供じゃないんだから…とユヅキは少し呆れたが潜入でタッグを組むというのは中々ない。まあ無理もないか、と私も微笑みながら言った。

「ええ。私とナギ2人で、よ。久しぶりね。潜入は大体一人だし、他の任務も別行動が多かったから。」

「ほんとだよ。軍令部は隊長にも容赦ないよな。」

「あっちにとっちゃ隊長もそれ以外も全部一緒よ。使い捨てだとしか思ってないんだもの……っとこれ以上はここで言う事じゃないわね。まあそういう事で詳しくは作戦当日にね。よろしく。」

「おう。じゃあな。」


いくらかの言葉を交わした後、ユヅキは大魔法陣へとゆっくり歩き出した。今日はもう寮に帰るだけだ。部屋に何か食べられるものはあったかな…前においてあったパンはもう腐ってるだろうな。ああ今のうちに風呂にも入っておかなければ。
そんな事をぼんやり考えながら歩いていたものだから、右から来る人物に気づくのに数瞬遅れてしまった。

「ユヅキか。」

「あ、クラサメ……まだ教室にいたの?0組の採点?」

「あぁそんなところだ。ユヅキこそこんな遅くまで、四課の仕事か?」

「う、うんまあ…そんなところ。」

何枚かの紙束と数冊の本、そしてその上に乗っているトンベリを抱えていたクラサメは目を細めたが、やがてため息をついて表情を和らげた。口元を隠していてもそんな事が分かってしまうのは、それだけ昔からずっと目で追っていたからだろうか。

「もう、今は帰りか?」

「え?えぇ。寮に帰ってご飯でも食べようかと思ってたところだけど。」

「…もしよかったら、この後一緒に、どうだ。」

突然の申し出にユヅキは困惑した。こんな事、もしかしたら候補生以来なのではないだろうか。武官になってから数える程しか会っていないし、会っても大体はこの前みたいな有様だ。言葉のキャッチボールすらままならないような状態だった。
しかしクラサメの真摯な瞳に吸い込まれるように私は小さく頷いていた。頷いてからはっと目を泳がせたが、彼が安堵したような顔をしていたからやっぱり…と言い出す事はできなかった。
クラサメは本を返してくるからここで待っていろ、とトンベリをユヅキに渡しクリスタリウムへと消えていった。
私の腕の中に収まったトンベリはコテッと首を傾げ私を無言で見つめていた。





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