5.翼宿に服ふ


授業の終わりを告げる大きな鐘の音が鳴り響く。真面目に受けていた生徒も張り詰めていた気を緩め、片付けを始める時間だ。

「……はい、これで今日の授業はお終い。解散。」

久しぶりに全員参加だった授業を終え、ユヅキは軽く伸びをする。時刻は太陽が少しずつ西に傾き始める頃で、つまり昼食の時間である。普通のクラスなら皆誘い合ってサロンやリフレに行くところだが、あいにく普通のクラスではないのである。仕事柄か、必要以上に関わり合いを持とうとしない9組の生徒は終わるや否や個々に散らばっていった。

「ああそうだ、ナギ。って何後ろ向いてんのよ。」

「いやーなんか嫌な予感がして?」

9組の中ではごく稀な社交的人物である金髪が、いつもなら何かしら喋りかけてくるというのに今日は背を向けてそそくさと立ち去ろうとしていた。

「嫌な予感が、じゃないわよ。自分でやった事ぐらい覚えてるでしょ...騙したわね。」

「いやいや偶々クラサメさんが居たから親切心で呼んでやったんだぜ?むしろ感謝してくれよな。」

「知ってる?親切心は一回転するとお節介になるのよ?」

「お節介も親切のうちって言うじゃん?」

全く反省をする気配がないナギに"そんな迷言言うのあんただけよ"と一発肘鉄を食らわせた。今多分めちゃくちゃいいところ入ったと思う。ナギは身体を曲げてしゃがみ込んでいる。

「ってえぇ…今肋骨グキッていったんですけど?仲間にもほんと容赦ないのな……」

「自業自得よ。今度やったら本気でいくわよ?」

「これ以上やったら折れるつうの、この暴力隊長…あーわかったわかった俺が悪かったって!だから拳握りしめんな!いてて…」

「そんな分かりやすい挑発したら殴りたくもなるわよ。むかつくわね。」

ナギはまだ痛むらしく脇腹を押さえ、机を頼りながらフラフラと立ち上がった。そんなナギを横目で見ながらため息をつく。全く、人の気も知らないで…。

「はあ…あんた分かっててやってるから余計タチ悪いわよね。無駄などうでもいい情報が早いのは褒めてあげるけど。」

「全然褒められた気がしねーけどありがたく受け取っておくわ。ま、いいじゃねえか。思ったより悪い方向にはいかなかっただろ?……っとそろそろ昼飯食いに行くか。この後の予定は?」

「もう……今のところ予定は特にはないわよ。」

「よし、んじゃサロンにでも食べに行くか?0組もいると思うし。あ、今回は流石に嘘じゃないぜ?」

「この流れで嘘つけたら本気で褒めてあげるわよ。んで0組も居るって......ほんと仕掛けすぎよね、あんた。」

仕掛けるというのは、四課の常套手段とも言える盗聴での情報入手の事だ。諜報の仕事でもそういった盗聴、盗撮の類をやる事が多いが、ナギのそれは完全に自主的である。サロン、リフレ...作戦課。ありとあらゆる情報を集められるのはこの為だ。
自国内の盗聴なんて国家反逆罪で一発死刑級の犯罪だが、まあナギならそんな変な事に使うことはないだろう、と黙認している。
ヘラりと笑いながらはぐらかすナギに一体何ヵ所仕掛けてんのよ、とため息混じりに追及しつつサロンへと向かっていった。



サロンとはリフレよりは少し静かな憩いの場である。部屋も幾つかに分かれていて談話室に相応しい場所なのだ。また軽食程度ならこのサロンでも食事ができるようになっている。

「おっ、ほらやっぱりいただろ?」

「…はいはい。」

「あ、この前の…!」

「えっと、9組の…ナギさんとユヅキ隊長ですね?お二人もお昼ですか?」

「ええ。あなたは…デュースだったわね。」

そこにいた0組は話しかけてきたデュース、銀髪のお姉さんな雰囲気のセブン、物静かそうなエイト、いつも元気そうなケイト、そしてレムだ。

「…あれ?私この前、自己紹介しましたか…?」

名前を呼ばれびっくりした様子のデュースは首を傾げている。確かに、と隣にいたケイトやレムも不思議がっているようだった。
そこでユヅキはみんなにフォローを入れる。

「うーん、どこまでが0組の共通認識なのか分からないけど…クイーンが言ってた通り、私達の後ろには軍令部がついてる。というよりそういう組織に私達が属していると言った方が正しいかしらね。要は表立って言える様な組織じゃないのよ。そんな組織が何してるか、大体想像つくでしょう?内偵もその組織活動の一環でもあったし。誰かさんが早々にバラしてくれちゃったけど。」

「な、なるほど…」

「その組織の命令で動いている、という事か。」

「ま、大体そんな感じだな。
というかこの前のは俺そんなに関係なかったよな?言わなくてもいずれバレてただろ。
ってことで、今回もそんなに言葉濁さなくてよくね?
つまりは俺達は諜報四課ってとこに所属してて、クリムゾンみたいな裏仕事がメインだ。上から命令が来たらなんでもやる。密偵、暗殺、情報操作…まぁ所謂公式には残らない仕事だな。」

「……自分の言った事分かってる?ねえ?やっぱり骨何本か折って欲しいのかしら。」

「ははは何のことやら。」

簡単に言い放ったナギにユヅキは詰め寄るがヒラリとかわされる。
なるべく当たり障りの無いように教えようと思ったユヅキの考えは一瞬にして崩れ去った。幾ら0組もクリムゾンに参加するといってもこんな裏側のそのまたディープな話など知らなくても良いはずだ。0組は良い子達であるとは思うが、些かナギは肩入れしすぎである。

「はあ…言っちゃった以上どうしようもないけど……一応これ、部外秘情報だから。よろしくね。」

「大丈夫大丈夫!教えるような他組の人なんていないし!ねっ!」

「まだ他組の知り合いも全然いないしな。」

「ああ、そもそもまだ魔導院の施設も全部回り切れてないな。」

安心、とは言い難い理由を述べてくれたがケイト達が嘘を付いていない事はわかっている。普段褒めないクラサメが素直だ、と言っていたぐらいだ。0組と知り合ってまだ日は浅いが、ナギと同じくユヅキも心のどこかでは信頼できる、と確信していた。

そんな中レムがふ、と思い出したようにユヅキ達を見て呟いた。

「あ、そういえば9組って今まででも活動している話、あんまり聞いたこと無かったかも...もしかして…?」

レムはその先の答えを求める様にユヅキをじっと見つめた。
レムは他の0組と違って以前7組に所属していたからか他組の色々な噂も耳にしているのだろう。特に昔はこんな全面戦争をしている訳でも無かったので尚更噂も広がるものである。

「ああそうね…落ちこぼれクラス、コネクラス。んー後は、まぐれクラスとか?9組の表向きな評価はこんなもんかしら。ろくに授業もしてないし実地訓練とかもやってなかったし。魔導院に居ない事の方が多かったかもしれないわね。…思ってる通り、9組自体がその四課に属しているようなものだわ。当然これからの戦争も9組は全部裏仕事でしょうね。あ、これも勿論部外秘よ?」

「部外秘なのにそんなに喋ってしまって良いのか?」

「確かに、最初はあんなに言葉を濁そうとしてたのにー?」

「もうここまできちゃったらしょうがないわ。ちょっとだけ教えて詮索されるよりは、自分の言葉で伝えちゃった方がみんなスッキリするでしょう?」

「まあそれは確かにそうだな…」

これは一種の意思表示でもあった。必要以上に入り込んでくるな、と。私は9組の隊長になるまで色々なものを見てきた。この仕事を選び、隊長になった事を後悔はしていないが思った以上に闇は深かった。0組も任務でそこに片足を突っ込むとはいえ、それ以上こちら側には来てほしくは無かった。


「さて、その話は置いといて……結構時間経っちゃったわね…」

「おうそうだな、早く昼飯食べようぜ。」

「長話になっちゃってすみません!」

「いいのよ、デュースのせいじゃないわ。」

デュースは律儀だ。気遣いのできる人間である。ナギにもこの10分の1ぐらいの気遣いがあればましなのに。隣のヘラヘラ笑う金髪を軽く睨んだ。
気付けば昼には少し遅い時間になっていて、お腹が空いてしまったなと頼みに行こうとしたその時、携帯連絡端末、COMMの呼び出し音が鳴り響いた。
ユヅキはサッと0組の皆に背を向け、応答する。

"はい"

"緊急通達だ。八席議会の戦時下措置において四課の代表としてお前に臨時席を与える。至急会議室に来い"

"…了解しました"

COMMから聴こえてきたのは出来れば聞きたくない軍令部長の声だった。ユヅキはああこれは夕飯すら食べられないかもな、とげんなりする。

「ああナギ、少しばかり用事ができたわ。私はもう行くけど、くれぐれも0組にあることない事吹き込まないでよ。」

「おいおい俺がそんな人間にみえるか?」

「今までの行動自分で省みることをお勧めするわ。それじゃ0組のみんなも、またね。」


みんなに小さく手を振り別れを告げ、素早くサロンを後にする。
そしてユヅキは人が居ない道へとスッと消えていった。








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