4.対極の眼差し


「クラサメくん…わたし、」

「ユヅキ…大丈夫だ。何も心配いらない。」


「待ってよ、わたしクラサメくんの力になるから、」

「分かってくれ、ユヅキにやれる事なんてないんだ。」

ある時、彼は拒絶した。


「なあ、何があったんだ…?いきなり居なくなったと思ったら、そんな、」

「クラサメくんには関係無いよ。」


「おい、あれやったのお前なんだろ。俺の為なら、やめてくれ。」

「あれは密偵だった。何にせよ、殺すべきだったのよ。」

ある時、私は拒絶した。

いつだって私達は自分本位だった。相手の事が大事で、大事すぎて。
自己犠牲、なんて自分の気持ちを助けたいだけの行為なのに。仕方がないと言い訳をして、相手の気持ちにまた、嘘をつくのだ。



目を開けると、薄っすらと明るい金色が部屋を仄かに照らしていた。ベッドから起き上がって窓に目を向けると、雲ひとつない漆黒を灯す金色の明るさにも負けない幾つもの光が深夜である事を告げていた。
どうやら私はあの後、電気も付けずにそのまま眠ってしまったらしい。
物音ひとつしない部屋でユヅキはぼうっと一点を見つめて、あのクラサメとのやりとりを思い返していた。自分が言った言葉とクラサメの言った言葉が交互に浮かび上がってきて、思考が渦巻いている。
お互い、ただ相手を想っているだけなのに、なんでこんな辛いのだろう。2人とも同じ想いなはずなのにそれがぶつかり合ってしまっていて。今回だってクラサメの気持ちを受け止め切れず、自分の気持ちを優先してしまった。

「あぁ、駄目だ…夜風に当たってこよう……」

どうすればお互いの気持ちがぶつからずに済むかなんて、一人考えても分かりようがなかった。考えれば考えるほど自分の気持ちが強くなるだけで、ずぶずぶと深みに嵌まっていく。
いつの間にか眠気も飛んでしまっていて、再び寝ようとしても寝れそうになくなってしまった。
ユヅキは頭を冷やす為にベッドから立ち上がって自室を後にした。



テラスは魔導院の正面に位置する噴水広場を一望でき、風に当たって気持ちを切り替えるには最適な場所である。

ユヅキは寮からエントランスに出ると移動用の大魔法陣へと近づく。これを使えば瞬時にテラスへ向かえるのだ。
その大魔法陣を起動させると同時にシュン、とまわりの景色が切り替わる。そして通路を少し真っ直ぐ進むと、噴水広場の見える開けた場所に行く事ができるのだが、その場所に黒い影が見えた。
先客がいるようだった。

カツカツ、と分かりやすく音を立てて歩き出すと、やがてその影の人物も気づいたようでクルリと振り返った。私の顔を確認すると、バツが悪そうな表情になる。

「あ…」

「ええと、マキナ、だよね。」

「すみません…」

暗めの灰色の髪に真紅のマントが映えるマキナはユヅキに頭を下げた。一瞬何の事だか分からなかったが、こんな夜中だ、生徒が寮の外をうろついて良い時間ではないことに気づく。彼は2組の隊長から聞いていた通り、真面目で律儀であった。
謝るマキナの隣に立つとユヅキは柔らかな声で話しかける。

「あぁ、いいのよ。誰だって、そういう時もあるんだし。…眠れないの?」

「…はい。考え事をしていたら、眠れなくなっちゃって…」

「ふふ、じゃあ私と一緒ね。色々気にしだすと、眠れなくなっちゃうわよねえ。」

ユヅキは前を向き、空を見上げながらそう言った。2人はしばらく無言で、涼しい風に身を任せる。あの時とは違って、静寂の空間が心地良かった。

「…でも、珍しいんじゃない?貴方、真面目って聞いてたからこんな風に夜中に寮から出るなんて、あまり想像ができなかったけど。」

「えっと…どうしても、眠れなくて。」

「何か、悩み事?…まあいきなり0組へ行かなきゃいけなくなったし、戦争も始まったしそりゃ色々あるわよね。」

「いや……兄さんの事が…」

マキナは少し逡巡した後、小さく呟いた。なるほど、死んでしまった兄、イザナの事を考え込んでいたらしい。

この世界では死んだ人の記憶は忘れ去られてしまう。思い出も何もかも、霞みがかってその人に付随する出来事は無かった事になる。ただの書面だけでしか死んだ者は残らないのだ。

「お兄さん、か…イザナさん、の事ね?」

「…やっぱり知ってるんですね。」

「まあ、諜報部だからね。」

目の前で内偵をする、と盛大にぶちまけた9組の金髪を思い出す。だからマキナは言う事を躊躇い、ユヅキが知っていても驚く事はなかったのだろう。
諜報部、四課と真っ向から話したいと思う人間はそうそういない。

「大丈夫よ、心配しないで。今は仕事の時間じゃない。余計な詮索はしないわ。」

マキナは少しの間何やら考え込んでいたが、やがてゆっくりとユヅキに話を始めた。

「…俺、納得ができなかったんです。兄さんが死んだって聞いて。兄さんは一般兵だったのになんで、あの作戦で死んでしまったんだろうって...その時の記録も残ってないって聞きました。兄さんの顔ももう覚えてないから、実感も湧かなくて…ずっとモヤモヤしてて…」

「そうね…私も詳しくは分からないけど、何か極秘の任務を受けてたのかもしれないわね。諜報部では良くあることだわ、自分の仕事が記録に残らない事なんて。」

「でも兄さんは一般兵だったんですよ?一般兵が記録にも残らないような仕事、すると思いますか。」

「確かにそんな事今まで一度もないでしょうね。でも、」

一旦言葉を切るとユヅキはマキナの方へ向き直って言った。

「戦争に絶対なんてないわ。何が起きるか分からないのが戦争よ。」

「でも、それでも…俺は納得がいきません。」

「普通の候補生には難しいわよね。朱雀の為だ何だって理由付けられて急に戦争に放り出されて。でも、戦争ってこんなものよ。納得のいく戦争なんて無いわ。
…ごめんね、こんな事しか言えなくて。」

「いえ……頭では、分かってるんです。これ以上考えたってどうしようもない事だって。でもそれでこの事が無かった事にされるは悲しくて……」

やはり、マキナは優しい人間だ。
だが優しい分きっと脆いのだと思う。
そういう思いをしなくて良いように死者の記憶が消えるのに。ずっとその記憶に縛られるのは、私の様な人だけで良いはずなのに。

「マキナ、覚えておいて。これから戦争が激化して、たくさんの事を見たり、聞いたりすると思う。でも、自分を見失ったりしないでね。後は記憶に縛られない事。」

ユヅキは小さい声で、私の様に、と呟いた。マキナには聞こえなかったようだった。彼は私の方を向いて強く頷いた。

「…はい。話を聞いてもらって、少し落ち着きました。俺、寮に戻りますね。ありがとうございました。」

「いいえ。少しでも役に立ったのならなによりだわ。今日も授業あるもんね、おやすみ。」

「おやすみなさい。」

そう言ってマキナは律儀に頭を下げるとテラスからエントランスに戻る魔法陣へと吸い込まれていった。
ユヅキはその姿を見送ると、また暗い空を見上げて呟く。

「死者の記憶が消えてなくなるのと、ずっとずっと残るの、どっちが正しいんだろうね…」

きっと正しさなんて求めてはいけない事なのだろうけれど。
その答えのない呟きは黒い虚空に浮遊し、やがて静かに消えていった。





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