3.スポットライトの影


9組の教室を通り抜け、暗い小道を進んだ突き当たりに誰もが入りたがらなさそうな古びた扉がある。

その扉が四課への唯一の入り口だ。

「さて、候補生の情報はどこだったかな…」

ユヅキは慣れた手つきで本棚を漁り始める。此処にはありとあらゆる情報が詰まっている。それこそ、朱雀の機密だけではない。隣国の白虎、蒼龍、玄武の機密までのありとあらゆる、だ。

「あぁ、これね…まずはマキナから調べよう。」

ユヅキは沢山のバインダーの中から1つ抜き出すと、それをペラペラとめくっていく。

「マキナ・クナギリ…歳は17。今日付けで2組から0組へ転属。ボルトレイピアを扱う優等生。態度は至って真面目。2組と言わず、朱雀内でも上位の生徒。一兵卒の兄、イザナ・クナギリがいる。7組のレム・トキミヤとは幼馴染み。成る程幼馴染みか…追記、兄、イザナ・クナギリは朱雀解放戦線時に死亡の模様…?」

そこまで読んで文字をなぞる手を止めた。
別の場所からイザナ・クナギリの情報を引き出す。
彼は候補生ではなく、軍人だった。しかしただの一兵卒。どうして一兵卒が…?
朱雀解放戦線時、まだ候補生の介入は考えられていなかった。そもそも候補生は軍事行動の為に集められた集団ではないからだ。
主力となったのは朱雀軍本隊の朱雀兵による魔法戦。軍の中でも魔法に長ける兵達が前線に立ち、戦っていたのだ。一兵卒などはその兵達のバックアップの係であったはずである。つまり、ただの一兵卒が前線を走り回るような任務を受け持つ事などあるはずがないのである。精々裏で補給活動をするぐらいだった彼が、何故、死んでしまったのか。

「思った以上に、深いかもしれないわね……」

レムのページも調べたがめぼしい情報は見当たらなかった。しかしマキナとレムは幼馴染みだ。見た感じも結構仲が良さそうだった。確証は無いが、もしかしたら誰かに弱みでも握られているのかもしれない。
イザナの死やマキナとレムの関係。何がどう繋がっているかは定かではないが、この戦時下だ。1つの出来事が爆発すれば連鎖的に色々な出来事が崩れ落ちる可能性は大いにありうる。
関わるたくさんの人が、巻き込まれる。

例えば、0組の隊長になった彼だとか。


「…また、わたしは少し出遅れてしまったのかもしれない。」

嫌な想像をしてしまった。
朱雀解放戦線からもう全ての出来事は廻り始めてしまっていたのだ。それに気づけなかった。
彼がいつか危険に晒されるのではないかと思うと、冷静になる事ができなくて。
ユヅキはまた、同じ事を繰り返してしまうのではないかという焦燥に駆られた。
全てが終わる前に追いつかなければ。


今回こそは、彼を助けると決めたから。
もう彼の背中を見ている事しかできなかった、あの頃のわたしじゃない。


後ろから扉が開く音がして、ハッと時計を見る。針は夕刻を指していて、随分と時間が経ってしまっていたのだと知った。
ユヅキはずっと持っていたバインダーを元の場所に戻すと、その音がした方に顔をクルリと向けた。

「ああ、ナギ。」

「おうユヅキ。もう帰ってきてたんだな。」

「夕方まで長々と話せる話題もないでしょう。ただでさえ、貴方が色々やらかしてくれたんだから。」

「はは、そんな怒んないでくれよ。どっちにしろみんな知ってたんだし。…で?0組の秘密、なんか分かったのかよ?」

ナギはユヅキをまっすぐ見つめた。なんだか居心地が悪くてユヅキはつい、と目を逸らす。

「多少は。まだ確証が無いから下手には動けないけど。」

「隊長がクラサメさんだから?」

「……煩いわね。」

わたしはナギをギロリと睨んだ。彼は何か納得したように小さく肩で息を吐くとユヅキをもう一度真っすぐ見つめて言う。

「んな怒んなって。お前はいつもそうなんだからよ。下手には動けない、とかいって裏で1人で動く癖に。」

「…それの何が悪いの。大丈夫よ、あんたや四課のみんなには迷惑かけるつもりないから。」

「いやそういう事を言いたいんじゃなくてだな...これでも心配してんだぞ?あん時からあの人しか見えてねえし…お前は何を恐れてる?」

「わたしが…」

恐れる事だなんて。ナギに凄まれて、わたしは咄嗟に答える事はできなかった。

あの日、目の前で見た光景はいつまでたっても忘れる事ができない。本物の彼に触れる事すら叶わなくなって。成す術もなくて只々、無力さを嘆くしかなかった。
わたしは本当に何もできなくて、しようともしていなくて…。
彼が居なくなった後、わたしは、


「…なんてな。俺がそこまで気にかける事じゃねえよな。隊長は俺より全然優秀だし?さ、メシ食いにいこ。ユヅキも少し落ち着いたらリフレ来いよ。0組の奴らも何人かいたからよっ。」

「…ええ。」

ナギはさっきの真剣な表情から一転、おどけた表情でそう言い、元来た道を戻っていった。

本当に彼はこうやって、スルリと懐へ入っていって少し揺さぶって何事も無く抜けるのが上手い。
どこまでが入り込んで良い場所なのか、どのぐらい揺さぶって良いのか。全てが計算されているかのように的確だ。
そんな彼のお陰で私の混濁していた思考が正常に戻っていく。

なんだかんだ彼には助けられてばかりだなぁ、と私はナギに感謝をした。



「さて調べるのもこの辺にしておこうかしら…ナギはリフレに行くって言ってたっけ。」

確か0組の子が何人か居るとか居ないとか…さっき会ったばかりだが人数が多くて中々全員と会話できていなかったし行くべきか。

「まだ全員の顔と名前も一致してないし……」

よし、とりあえず行ってみよう。喋れる時に喋っておいたほうが良い。
ユヅキはナギの言う通り少し気持ちを落ち着かせてから、リフレッシュルームへと向かった。






「あ…」

やっぱりナギには少しの感謝だけにとどめておくべきだった。
リフレに行ってみると居るはずのナギは見当たらず、そもそも0組のメンバーすら見当たらない。

代わりに居たのは、カウンターの角の席で静かに頬杖をつき佇むクラサメで。

咄嗟に踵を返そうとしたが、彼が私の目を見据えていてその足は止まった。やがて自然と身体が前に進み、クラサメの前まで来てしまって。

「0組での用事は終わったのか。」

「えぇうん、まあ。…えっと、その、隣。座っても…?」

「…別に許可を求めるような事でもないだろう。」

「そ、そうね。じゃあ。」

ぎこちない会話が続き、ユヅキはクラサメの隣の席に座った。適当に飲み物を頼むと、お互いに暫くの無言。
こうやって隣に座るのはいつぶりだろう。なにを話しかければ良いのか分からなくて、戸惑ったままユヅキは俯いた。
そんな沈黙を破ったのはクラサメで。

「…久しぶりだな、ユヅキ。最近、魔道院にもいなかったみたいだが。」

「ええ。ずっと任務続き、だったから。クラサメが、0組の隊長になったのね。」

「あぁ。」

そして再びの沈黙。クラサメは自分の事を必要以上に語りたがらない。ユヅキはなんとか話を繋げようとクラサメの方を向いて話しかける。

「さっき、0組と少しだけ話してきたけど…結構大変そうね?まとめるの。」

「そうだな。だが皆、根は素直だ。」

「…珍しく、楽しそうじゃない?」

「別にそんな事はないと思うが。」

あまり感情を表情に出さないクラサメだが、ユヅキは微かな表情の変化に気づいた。今はいつもの口元を隠しているマスクが無い。無意識なのだろう、少しだけ、口角があがっていた。
クラサメはなんだかんだ言って世話焼きだから生徒の事をちゃんと考えている。一筋縄ではいかなそうな0組達であるが、それを含めてやりがいを感じているのだろう。

クラサメはやっぱりずっと変わってないなあ。そう再確認して思わず笑みがこぼれる。

「ふふ、顔に出てるわよ。それにしても…遂に始まるわね、戦争が。」

「……どうせ、お前も、お前達も…出るのだろう?」

クラサメは少し言葉を溜めた後、諦めが入った憂顔でユヅキをじっと見つめた。彼は分かった上で言っている。ユヅキは軍人で、クラサメも同じ軍人だから。そうしなければならない、理由があるのだって。
あまりに彼が私の瞳を見つめてくるものだから、自分から話を振ったというのに返答に困ってしまった。

「まあ…そうなるかもね。」

と、慌てて言葉を濁す。きっと濁したって意味なんて無いのだろうけど。

「また、何も言わずに勝手に行くのだな。」

「そんなこと…」

ない、とは言えなかった。確かにあの時も言わなかった。それは少しだけ、後悔している。

でも、だって。

あなただって、何も言わなかったじゃないか。


クラサメの瞳に耐え切れずユヅキはバッと立ち上がり、走って彼から逃げるように魔法陣の中へ吸い込まれていった。








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