2.揺れる陽炎
クラサメが去った後、視線を前に戻すと少し開いていた扉から人影が飛び出ていた。
「じぃー…」
栗色で三つ編みの彼女とその後ろに赤毛のショートカットの彼女。2人は窺うようにユヅキを見つめていた。
「あぁ、教室前でごめんなさいね。別にコソコソしていた訳じゃないのよ。」
「ま、これからコソコソする予定だけどな?」
「…ナギ、あんたねえ。」
ナギがうっかり言葉を滑らせる。いいや、これは明らかに確信犯だ。
ユヅキはナギを咎める様にジト目をしたが、張本人は口笛なんて吹いている。やがてひとつ溜め息をつき、彼女達に改めて向き合った。いきなりのやり取りに2人は戸惑っている様子だった。
「えっとぉ〜ふたりは一体なにものなのぉ〜?」
「…ええと。」
縦巻きロールの彼女が問う。今度はこちらが戸惑う番だった。ゆるゆるとした口調で的確な疑問を投げかけてきたからだ。何だかこの0組のメンバーは候補生らしくないなとユヅキは感じた。
もっとも、9組を基準にしている時点で候補生精神の欠片もない生徒ばかりをみているのだが。
ちらっと横を見たが、こういう時に限ってナギは何も答えない。どう転がってもナギにとっては面白いからだろう。
さて、どう答えようか…と思案していると、いつの間にか目立ってしまっていたようで、彼女達の後ろに残りの0組達が集まってきていた。
「…そのマント、9組ですね?…それでは、貴方も?」
とフォローしてくれたのは、眼鏡をかけた如何にもしっかりしていそうな黒髪の少女だった。彼女はナギの着用しているマント見た後、私を見てそう言った。クラスによって分けられるマントの色で所属している組を判断したらしい。9組は少し燻んだ茶色とも取れる赤だ。0組の真紅のマントが少し眩しく思えた。ユヅキは頷きながらそれに答える。
「ええ。私はユヅキ。9組隊長よ。」
「今度は違うトコの隊長かよコラァ!」
「ナインは黙っててください。私はクイーンといいます……単刀直入にお聞きします。裏に付いているのは、軍令部ですか?」
「……」
突然の鋭い槍のような質問にユヅキはすっと目を細め、隣で騒ぐ金髪のナインと言われた彼を一言で抑えこんだクイーンを見つめた。
彼女はきっと全部分かっている。軍令部、と言葉を濁しているが、9組の正体と、そして四課の存在までも分かっているのだろう。
「ほらみろ、今回の内偵は楽そうだろ?あ、俺はナギ・ミナツチ。みんなのアイドル、ナギって覚えてくれ。よろしくな。」
「あのねえ、ナギ…あんた分かって言ってるでしょう?…あぁもういいわ。…確かに軍令部、というか魔導院の上層部は疑ってるわよ。幻の0組がいきなり現れて、しかもクリスタルジャマーも効かずにその敵を破壊。そんな貴方達が怖いんだもの。」
「怖い…ですか。」
雰囲気をブチ壊すようなナギの軽口は読んで字の如く軽く流され、0組は皆、顔を合わせる。怖いってどういう事だろう…?と小さい声で話し合っている様子だった。
こういう反応はまだ候補生らしいじゃないか、とユヅキは何となく安心し、0組の疑問に答える。
「そうよ。寝返らないか、ってね。…でもまあ、それはお偉いさんの一意見。確かに私達、内偵で来たけれどそれだけじゃないわ。」
「……?」
「そ、俺達が"あまーい真紅の言葉"を伝える係だ。だからま、あんまり内偵とか気にすんなよ?ああでもやっぱり一応コソコソはするけどな?」
「もうこれ以上はツッコまないわよ?そのあまーい何とやら…ああもう知ってるならいいわよね、クリムゾンのミッションできっとお世話になると思うから。今日はその挨拶をしたかっただけなの。」
「なるほど貴方達が…」
やはりクイーンはミッションカラー・クリムゾンについてもどこかで聞いたのか知っている様子だった。終始首を傾げているのも何名かいたが。
組は能力や特性よって分けられるのが普通だ。しかし外局から来た0組はやはり少々特殊なようだった。
「えっとそれなら…とりあえず、中に入りませんか?」
少し後ろの方にいた、栗色の髪の大人しそうな少女にそう言われ、思えばずっと入り口で話していたな、と気づく。0組の面々も確かに、と頷き教室への道を開けた。
「そう、ね。じゃあ失礼するわ。」
特に断る理由もない。0組の事を知るいい機会だ。ユヅキ達は促され、0組の教室へと足を踏み入れた。
「んでぇ〜ユヅキたいちょーはあのクラサメって人の知り合い〜?なんなのぉあの人ぉ…!」
「知、りあいだけど…なんなのって言われても…。」
教室に入るなり、最初に話しかけられたゆるゆるな少女、シンクという名前だと教えてくれた、にそう捲し立てられたユヅキだが、理由を聞いてみるといたって単純だった。
0組隊長としてやってきたクラサメに喧嘩をふっかけたら見事に完敗だった、という。つまり、さっきもユヅキに突っかかってきた体力自慢のナインは殴ろうとして投げ飛ばされ、それにムカッときた赤毛ショートヘアーのケイトは軽くあしらわれ、カードを武器に使うエースはカードを投げる前に氷剣を突きつけられた、そういう事だ。
「凄い強かったよねぇ〜」
「あの私をあしらった時の冷めた目!もー超ムカついたんですけど!」
「あいつが隊長とか認めねえぞゴラァ!」
金髪のヘラヘラ笑っている少年は素直に賞賛し、ケイトは悪態をつき、ナインは全否定だ。
言われ放題のクラサメに少し同情したが、クラサメはクラサメで売られた喧嘩は買うし、容赦がない。仕方がない気もした。
昔からそうだ。
彼はいつも一匹狼で、でもそれに見合うぐらい強くて...そして不器用だった。言わなければ伝わらない事だって沢山あるのに、彼はそれをいつも言わない。言ってくれない。
「ま、まあ、いきなり外局から来て色々戸惑う事もあるのかもしれないけど、彼も彼なりに考えてるから……それで、そこの2人が他組から0組に来た子かな?」
あはは、と苦笑しながらクラサメの為にもフォローを入れるが、未だケイト達は不満気な声をあげていた。
このままではきっと話が平行線になるなと思い、ユヅキは後ろの方で困り顔をしている2人に向かって話しかけた。小さい頃からずっと狭い外局で育ったという0組はとても仲が良い。他組から来た2人がこの輪の中に入っていくのは中々難しそうであった。しかもこれだけの人数がいて皆我が強い子が多く、排他的なのだから尚更だ。
「あ、はい。2組から配属された、マキナ・クナギリです。」
「7組から配属された、レム・トキミヤです。」
「ユヅキよ。これから、よろしくね?」
「よろしくお願いします。」
2人は正しくお辞儀をした。しかしユヅキは2人の組に違和感を感じた。2組と言えば優秀クラスだ。それにマキナはその中でも有名だ。1組にもなれるんじゃないかって程の力を持っている、と。2組の隊長が自慢気に話したがるぐらいに。
それに対してレムというピンクブロンドの少女は7組。回復専門のクラスだが、その上位クラスとして4組がある。たとえレムが7組で優秀な生徒だったとしても、正直なところそれ以上に優秀な生徒はごまんといる筈なのに。
0組に配属されたのが彼と彼女である理由。彼女でないといけない理由があったのだ。ユヅキは確信した。
当たり障りのない会話をしながらその答えに行き着くと、居ても立ってもいられなくなった。
「さて、私はそろそろお暇しようかな。少し用事ができたし。また、今度ね?」
そう言ってユヅキは皆の返事を待たずに、スルリと0組を後にした。いつの間にかナギはその場から居なくなっていた。きっと急な仕事が入ったか飽きたかどっちかだろう。まあ恐らく後者だろうが。
そんな事よりマキナとレムの事、そして外局の事。調べなくてはならない事が沢山ある。
既に事態は動き出しているのだ。
私の仕事を始めなければ。その為にこの道を選んだのだから。
ユヅキは通路の深い闇へ溶けるように消えていった。
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