14.アイズ オン ミー


議会で大反攻作戦が可決された。

長い期間の話し合いのもと下された決断を簡単に説明すればその一言だ。皇国軍による朱雀侵攻から約二月。候補生の参戦によって、普通では考えられない速度で失地回復している。議会は今後の候補生の活躍も見込んで、更なる失地回復を目指し大きく作戦を打ち立てたのだった。

そして領地を取り戻す、その為の一歩として。自分達の砦だったトゴレス要塞を奪還するのだ、とその作戦は動き出そうとしていた。
トゴレス要塞はその名の通り、ルブルム地方とトゴレス地方の境に位置している。つまり要塞を押さえる事ができれば、晴れてルブルム地方は全て朱雀の地へ戻る、という事になるのだ。
大反攻作戦は議会可決後、速やかに各組に隊長から伝えられた。何せ候補生、正規兵問わずの全朱雀軍を投入する長期的な作戦だ。作戦実行は早ければ早い方が良い、と朝から兵士達が慌ただしくエントランスを動き回っていた。

「さて私達もやることやらなくちゃならないわね。正直寝不足だから一休みしたいところだけど。」

「もうちょっとだけ我慢してくださいよ、隊長。早目に手配して許可貰っとかないと怒られるだけですよ、隊長が。」

「分かってるから言ってるのよ。全く…他人事だからって…」

連日の議会や作戦会議で全くもって疲れの取れていない重い体を渋々動かしながら向かっている先は飛空艇発着場。つまりは次の作戦の為に飛空艇の手配をしにいこうとしているのだ。

「で、今日報告を受けた話だけど。確かなのね?」

「タイミングまでは分かりませんでしたが…必ず次の戦で。」

「そう。…新型、ねえ。」

「技官が言うには開戦前から開発している自信作のテスト、だそうです。」

「…そこまで情報を入手して、よく怪我なく帰ってこれたわね。」

「この仕事何年目だと思ってるんですか、隊長。」

軽い溜め息をついてへらっと笑う部下を横目で見、まあそうね、と相槌をうつ。
飛空艇を手配しに行く事になったのは彼女のある報告が発端だ。





明け方。
議会と作戦会議でどんどんと後回しになってしまった仕事がようやくひと段落つき、仮眠をしておこうとベッドに潜り込む。疲れも溜まっていたからか、直ぐに睡魔がやってきた。気持ちの良い睡魔に身を任せてウトウトと夢の世界へ旅立とうとしていた時だった。
トントン、と控え目にドアを叩く音が聞こえた。
こんな常識はずれな時間に訪問をするのは大体四課の人間くらいだ。そして四課がここに来る理由は決まっている。
仮眠しておきたかったのにな、とドアの向こうの訪問者を少し恨めしく思ったが、これは仕事だ。バッと体を起こし、ドアへと向かう。
招き入れた訪問者は予想通り四課の人間であったが、久しく見ていなかった人物だった。

「覚えているから生きてるっていうのは分かっていたけど…よく戻ってきた、とでも言うべきかしらね。」

「さすがに白虎の地で身を沈めたくはありませんでしたから。」

はは、と笑う彼女は開戦前から白虎の首都、イングラムに潜入していた四課の密偵だ。開戦して白虎と朱雀が敵同士になった今、警備は以前と比べてうんと厳しくなっているはずだ。首都であれば、尚更。情報を得る事も白虎から朱雀へと戻って来るのも難しい状況だろう。イングラムに潜入していた密偵が開戦後に帰ってくるのは彼女が初めてだった。

「それは確かに。…報告は。」

「次の戦でカトル准将が動きます。」

「次の戦…トゴレス要塞ね。」

「はい。魔法障壁を搭載した新型飛行型魔導アーマーが開発されているそうです。まだ不完全のようですが、可能な限り調整をして実戦に投入する、と。」

「成る程…それは厄介ね。」

カトル・バシュタール准将。白虎屈指の魔導アーマー乗りだ。白雷という異名をもち、朱雀にその名が知れるほど。それにこちらの魔法を無力化する魔法障壁。
要塞の内部に入るには広い外郭を通らなければならない。不完全な機体、とは言えトゴレス要塞の守りに加勢されてしまえば苦戦するのは間違いないだろう。





その明け方にあった報告を聞き、出した結論として飛空艇を手配する事になったのである。武装の少ない朱雀軍の飛空艇で飛行型魔導アーマーに敵うとは思っていないが、朱雀軍がトゴレス要塞の中に入り込むまでの時間稼ぎが出来れば、と考えたのだ。
更に詳しく聞いた報告では厄介な魔法障壁もその新型魔導アーマーが攻撃する際は解かれるらしい。それならば、こちらの攻撃も完全に無視する事は出来ないはずだ。

「そこのあなた。飛空艇を一機、作戦前までに9組用に手配してほしいのだけれど。そうね、速度が出る小型の飛空艇が良いわ。」

飛空艇発着場に着き、整備を取り仕切っている技師に呼びかける。基本的に技師への命令は軍令部が行っているからか、技師は茶色のマントを羽織った彼女とユヅキを交互に見、怪訝な顔をして答えた。

「速度が出るとなるとシマカゼ級の飛空艇になるが…なんだって9組に。」

「次の作戦で必要なのよ。全候補生が作戦に参加する事くらい知ってるでしょう。」

「それはそうだが……わかったよ。一機でいいんだな?」

只でさえ今受け持ってる整備で忙しいのに、とぶつぶつ呟きながら、ユヅキの有無を言わさぬ表情にその技師は折れた。

「ええ、お願いできるかしら。軍令部から許可は貰っておくから。」

「ああ。作戦前までには整備を終わらせておく。」

そう言うなり技師は近くの飛空艇を整備をしている者に声を掛けに行った。9組に飛空艇を手配する事に疑問を持っていたようだが、とりあえず飛空艇は確保できそうだ、と密偵の彼女と顔を合わせる。

「どこ行っても9組は不遇ですね、隊長。」

「ま、しょうがないわよ…わっと、トンベリ?」

用は済んだ、と後ろを向いた時だ。黒い服に映える赤いマントを羽織った緑色がトテトテとこちらに走ってきた。ユヅキの足元にたどり着くと琥珀の瞳でユヅキを見上げる。
何故とんなところに。しゃがんでトンベリを抱き上げ、辺りを見回すが肝心のトンベリの主は見当たらない。

「もしかしてクラサメさんのトンベリですか?…ってわわ、いきなり包丁向けてきましたけど。」

「こらこらトンベリ。…その肝心なクラサメが見当たらないんだけどね、全く。探してくるから、あなたはもう戻ってていいわよ。」

「あ、はい。じゃあお言葉に甘えて、一足お先に。」

付き合わせるのも悪い、と彼女を先に帰らせる。それを見送り、改めてトンベリを見た。トンベリは尻尾をゆらゆらと揺らしながら大人しく腕の中に収まり見つめ返してくる。クラサメはどこにいったのよ、と呟けばトンベリはコテッと首を傾げるだけだった。
まあクラサメの行動範囲はそんなに広くないはずだ。

「まずは…教室かな。」

早くトンベリを渡して仮眠をしたい、そう思いつつユヅキは0組の教室へと向かう事にした。





「隊長ですか?」

「クラサメ隊長なら少し前に出ていったよ。」

「あら、行き違えたかしら。」

0組の教室に行ってみたものの、そこにいたのは談笑をしていたクイーンとセブン、デュースの3人。どうやら少し前までは教室で仕事をしていたらしい。

「あっクラサメ隊長のトンベリですか?」

「ええ。何故か外に居たのよ。勝手に出てきちゃったみたい。」

「ああ、それで隊長を探しているんだな。」

「そうよ。」

「多分部屋に戻ったんだと思います。まだ仕事があるみたいでしたし。」

「成る程。教えてくれてありがとう。」

クイーン達の談笑をこれ以上邪魔する事もない。
簡単にお礼を言い、恐らく部屋に戻ったのではないか、という証言から、ユヅキはクラサメの部屋へ向かうことにした。





コンコン、とノックをする。しばらくの沈黙の後、ガチャリと目の前の扉は開かれた。彼は一瞬だけ、目を開いてまたいつもの仮面の表情に戻る。

「…何か、用か?」

「お届け物よ。」

「…トンベリ?」

「ええ。飛空艇発着場にいたわ。」

「何故、そんな場所に。」

「知らないわよ。」

「いや……そうか。」

何かの言葉を飲み込んで、クラサメはトンベリを受け取る。従者は何も語らずスッポリと彼の腕に収まった。

「仕事、忙しいみたいね。」

「言うほどでもない。それにユヅキの方が忙しいんだろう。」

「まあ…それを言われると何も言えないけど。」

「…そういえば、次の作戦ではルシも出ると聞いたが。」

「あぁ…シュユ卿、ね。」

「大丈夫なのか。」

何が、とは言わなかった。それを聞くのが当たり前のように。
だからこそ、私は。

「なんの事?今回は私も大人しく指示する側。クラサメと、一緒。なに、心配してくれてるの?」

そう、惚けて冗談まじりに笑う。
彼の目を、見ることなく。

「…当たり前だ。」

知っている。それはもうずっと前から知っている。
嫌というほどに、身に染みて分かっているから。

バタン、と大きな音を立てて閉じられたドアがそれを見透かすかのように透明になっていくのを感じて、ユヅキは慌てて後ろを向いて元来た道へと去っていった。





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