13.表裏一体


陽が西の地平に沈む頃、あれだけ勝利に沸いていたエントランスは嘘のように静まり返り、時折武官が疲れた顔をして歩いているのが見えるという日常の光景に戻りつつあった。疲れた顔の武官、とは自分にも当てはまる。ようやく仕事、作戦の事後報告と後処理がひと段落つき、リフレにでも休みに行こうか、と思っていたところだった。
スタスタと作戦課から階段を降りたところで、だいぶ見慣れてきた深紅が目に映った。

「あら。マキナと、それにレム。」

「あ…ユヅキ、隊長。」

「こんばんは、ユヅキ隊長。」

「どうしたの?ふふ、2人で仲良くお茶かしら?」

2人は如何にも気まずい、という顔をしてユヅキを見ていた。そう仕向けたのは自分自身だが、しらばっくれるように2人を茶化す。
そうしているのが態度で分かったのか、マキナがとても真剣な表情で口を開いた。

「あの……ユヅキ隊長。聞きたい事があります。」

「ええ、良いわよ。立ち話もなんだし...移動しましょうか。丁度、リフレに行こうと思っていたところだから。」

そういって、2人を魔法陣へと促した。
何を聞きたいかはおおよそ予測がついている。十中八九、作戦の最後の事だ。その為に目の前であんな見世物をしたのだからそうでなくては困る。作戦が終わってから、わたしは密かにこの時が来るのを待っていたのだ。










ユヅキ隊長がコーヒーとジュースを2つ頼み、テーブルに置き向かい合って席に着く。
差し出されたジュースに、ありがとうございます、と一礼して貰うと、ふふっとユヅキ隊長は笑みを浮かべた。何だかその笑みが少し心地悪く感じて、隣にいるレムと共に手元のジュースを啜った。
彼女は自分とレムを順番に見据えて、話を切り出した。

「さて、それじゃあ話を聞きましょうか。…ああ、そんなに堅くならなくていいのよ。公式の場じゃあるまいし。だから何を聞いても怒らないし、ちゃんと答える気でいるわ。それに…大体予想は付いてるの。レコンキスタ作戦の事でしょう?」

「はい……あの時、あそこまでする必要があったのでしょうか。」

あの時。作戦最後の広場を思い出す。0組より少ない人数の白虎兵を鎮圧させるのは簡単だった。白虎が誇る鋼機も一体だけで、更に言うなら0組は強い。それは自慢などではなく、悔しいが自分とレム以外の0組の圧倒的な力の事を指している。
あの場を見たなら誰もが思うだろう、彼等には敵わない、と。
全ての兵達を倒し、鋼機も鎮圧させた。中から出され拘束されたその場の指揮官は、もう抵抗する気も無い、といった風で項垂れていた。
それを見て、ああ、この作戦は終わったんだとそう、安堵していたのに。

「プロメテウスに乗ってた白虎の指揮官の事ね?名前は何だったかな、まあ覚えてる訳ないけど……」

そう言い、彼女は更に笑みを深め、続けた。

「可哀想って思った?敵が?」

「そう言う訳じゃ、」

「じゃあ、怖い、と思った?」

隣に座っていたレムがビクリと肩を上げた。
あの時。作戦は終わりだと思った時だ。
彼女はその広場で、拘束した指揮官を詰問した。悪く言えば、拷問とも取れる。
そして最後には。
彼女の剣で、彼女の服を汚すぐらいの鮮血を出して。
目の前で殺された。
殺された彼は白虎兵、つまり敵で、殺した彼女は朱雀軍、仲間だ。頭の中で考えればわかる。
自分だって0組の一員で、白虎から領地を取り戻す為に戦っている。
しかし、目の前で見たあの光景は。
ただの殺人にしか、思えなかった。

隣で固まっていたレムがポツリと呟く。

「どうして、あんな見せびらかすような事…」

「見せびらかす、まあそうね。確かに、あれは意図的に見世物にしたくてしたのだし。他ならぬ、貴方達に見せたくて。」

「俺、達に?」

気味が悪い、と思った。あんな、残虐なものを見せたくて見せるだなんて。普通なら見せたい奴なんていないだろう。
しかし目の前の彼女は尚微笑んでいる。なんでこんな話を笑ってしていられる?何と無く出会った最初から持っていた彼女に対する畏怖、それが増幅した。

「そう、貴方達に。四課のやり方を見せてあげようかなって。他の0組はそうでも無かったけど、貴方達。特に…マキナだったかな。戦ってる時に…敵を手にかける時に手元がブレていたようだったから。」

「それが、普通でしょう。みんな、人を殺す事に躊躇いが無い人なんていない。」

「ええ勿論。わたしだって、最初から四課にいた訳でも無いし、前は一般的な候補生だったからそうだったわよ。」

「だったら…!」

「でも、」

彼女は強い口調で、確信めいたようにニヤッと笑って言う。

「躊躇いを捨てらない奴から、死んでいくわ。それに、護れない。誰もね。」

後からこれは経験論よ、と何気無しに付け足した。
彼女の言っている事が上手く飲み込めない。ただ、護れない、という言葉に喉の奥はカラカラになって、身体はどこかに縛り付けられたかのようになってしまって。視線を逸らす事しかできなかった。

「護りたい人がいるんでしょう?でもそれには些か覚悟が足りないと思って。そんな臆病で、腑抜けているんじゃあ、自分すら護れないわよ?」

「…マキナを、悪く言わないでください。マキナはいつも私を護ってくれてます。自分の身を護れない程弱くありません。」

すかさずレムが反論をしていた。確かにユヅキ隊長の物言いはきつく、小馬鹿にしているようで、気に触る。
しかし気づけば、更に言葉を重ねようとしたレムを止めていた。どうして、とレムは自分を咎めるように見たが、もういい、と目配せをすれば不満気な表情を残しながらも押し黙った。

「あぁ誤解しないで。別にマキナを馬鹿にしたい訳でも見下してる訳でもないの。これは忠告、よ。まだ今だったら遅くない、と思ったから。」

「遅くない…?」

「…ふふ、まぁ今までのはちょっとした歳上のアドバイスよ。聞き流してくれても構わないわ。どうするかは、貴方次第だから。」

これ以上話すことはない、とでも言うように、彼女は席を立った。数口しか口にしていない冷めたコーヒーがポツリと、取り残されていた。

「マキナ、あんまり気にしない方がいいと思うよ…?なんか、ユヅキ隊長いつもと違う感じがしたし…」

「ああ…俺もなんか様子が変だなって思ってた。」

だからそこまで深く捉えないようにするよ、と続けてレムを安心させる。護れない、誰も。というユヅキ隊長が放った言葉がぐるぐると、渦巻いているのを隠して。








ユヅキはリフレを後にして、魔方陣でエントランスへと戻る。今日の仕事はもう終わっていたから後は部屋に帰って寝るだけだった。
歩き出そうと一歩踏み出した時。
見計らっていたかのように横から赤いヘアバンドの金髪がひょっこり現れた。

「よう。リフレにでも行ってたのか?」

「…盗み聴きがすぎるんじゃないかしら?」

「お前こそ、ちょっとやらかしすぎたんじゃねえの。後々面倒くさい事になっても知らねえぞ?」

「ふふ、どうとでもなるわよ。心外ね、貴方に心配されるなんて。」

「人が折角心配してやってんのによ。まあなんだ、これからでかい仕事も増えるだろうし色々ちゃんとしとけよって話だ。」

「はいはい。隊長に向かってそんな口聞いてる貴方もね。」

ナギが軽口とも言えるやり取りを幾らかしてあっさりと去って行くと、ユヅキは何事もなかったようにスタスタと自室へと続く道へと消えていった。






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