11.積み上げられたジレンマ
エントランスを通れば周りの候補生がひそひそと小声で何かを囁きあっていた。視線の先には、私達。
「ねぇナギ?そろそろ、そのしけた面を戻してくれないかしら。見世物になってるわよ。」
「ほんとひでぇわ…こうした張本人が言う事かよ……」
「それに関しては自業自得だからね?自分でも分かってるでしょう?」
ユヅキの隣を歩いているナギは文字通り項垂れていた。次の任務が一緒なのをいい事にナギをとっ捕まえ、この前の事について軽く問いただしていたのだ。サイスに教えたという話を聞き出していると、ナギは見事に余計な事ばかり喋っていたのでちょっとばかり、仕置きをしておいた。
サイスははっきりと四課の隊長、と言っていた。"9組の隊長"と"四課の隊長"、確かに実体はほぼ変わらない物である。しかしそれは内情を知る者だけの認識であって、表面上は全くの別物扱いだ。知っていればそれだけ、奥深くにいる、という事を意味している。
0組には知られたくない、と思っていた。それこそ、クラサメだって知らないはずの事実なのだ。
「へいへい。そーですねー俺が悪うござんした。」
「いい加減これで懲りて欲しいんだけど…さてと、着いたわよ。」
目の前には0組の教室。ユヅキ達の次の任務はここだった。
マクタイを奪還した朱雀はさらなる奪還を、と新たな作戦を発令した。レコンキスタ作戦。それが彼らと戦いを共にする作戦である。
「ブリーフィング中に失礼するわね。」
「…ユヅキ隊長?」
「俺もいるぜー」
0組の視線が皆こちらに集まる。横ではナギがよっ、と軽いノリで手をヒラヒラしているのが見える。やっぱり切り替えの早い奴だ、そこだけは尊敬できる。そんな事を思いながら、教卓の前に立っていたクラサメを見た。
クラサメは私達をチラリと見やると、教卓の横に移動をした。
「いや、丁度ブリーフィングは終わったところだ。」
「それは良かった。次の作戦について0組のみんなに伝えておく事があって。えっと、基本的な作戦内容はクラサメ隊長から聞いてると思うけど……」
「アクヴィとコルシを奪還する、大規模奪還作戦の事ですね。敵の兵力から鑑みて全候補生の参加が決まったのだとか。そもそもアクヴィとコルシの先には、」
「あーはいはいトレイはもういいから。」
「…クリムゾンの仕事か?」
「おっ察しがいいな。」
話が長くなりそうなトレイをケイトが遮り、そこに絶妙なタイミングでキングが質問を挟んだ。クリムゾン。何とも直球な質問である。
視界の片隅でクラサメが嫌そうな顔をしたが見なかった事にした。
「まあ、そうと言えばそうね…0組の皆は遊撃部隊として参加すると思うけど、それに私達も加わる事になったの。そこで、私とナギで2つの隊に分けたいと思ってるんだけど、良いかしら。」
「少ない人数なのに更に分けるのか?」
「ええ、あなた達の優秀さは私も分かってるし…それに地形的に伏兵がいる可能性が高いのよ。予め分けておいた方が融通聞くでしょう?」
「確かにアクヴィとコルシの近くには視界の悪そうな森がありましたね。」
クイーンの言葉に成る程、とエースが納得したように頷く。後ろの方でトレイがまた何やら長くなりそうな説明を始めようとしていたが、周りの0組が何とか止めていた。そしてエイトが冷静に状況を分析する。
「つまり遊撃部隊同士で不測の事態をカバーし合う、という事か。」
「そうよ。貴方達は拠点や街の制圧の要でもあるわ。いざとなった時に戦力は分散できる方がいいからね……という事なんですが、良いですか?クラサメ隊長。」
「…あぁ、了解した。」
変わらない表情のクラサメだったが、少し間をおいて了承の意を表した。この提案が不満だとしても、隊長の顔をしているユヅキに返せる言葉はこれしか無かった。
「出撃前までには7人ずつの編成にしておくように。何か、質問はあるかしら?聞きたい事があるなら今聞いておいて頂戴。」
「では、質問なのですが。」
「ええとクイーンね。何かしら。」
「ユヅキ隊長は四課の隊長を務めているのでしたよね。」
「…まぁそう、ね。」
今ここでそれを言ってしまうか。
クラサメの眉間の皺が増した気がする。きっと何処か勘付いてはいたのだと思う。何故自分から言ってくれなかったのか、と言われているような気がした。
「この任務は四課としてユヅキ隊長が出したものなのですか?それとも...」
「ああ…私が出したものよ。それに関してはそんなに神経質にならなくてもいいわ。」
四課の隊長が出した任務なのか、それとも…軍令部か。今回は初めて部隊を共にする任務。監視に対して警戒するのも無理もない。
しかしナギを含めた私達は、もう0組に気を許しているし、分かっている。彼等は完全に白だ。いい歳した大人の下らない喧嘩に真っ向から付き合ってやる気もないし、彼等をそれに巻き込むなんて以ての外だった。
「ですが…」
「大丈夫、貴方達にとってマイナスになる事はしないわ。四課は朱雀の為に動くの。今の朱雀に0組は必要よ。」
「…分かりました。質問に答えて下さりありがとうございます。」
「いいえ、こちらこそありがとう。じゃあ、編成の件はよろしくね。質問はもうなさそうだから、失礼するわ。」
そういってユヅキ達はスタスタと0組の教室を後にした。珍しく余計な事を言わなかったナギを横目で見ながらエントランスへと向かう。
「今日は珍しく大人しかったじゃない、ナギ。」
「いやいや流石にあの後でやらかしたら何されるか分かんねえし?」
「普段からあれぐらいにして欲しいんだけど。」
「あーまあそれは後々考えとく。っと、俺やる事思い出したから先行くわー」
後ろの方でドアの音がしたと思ったら、ナギはそういって逃げていった。無駄な気遣い屋め。振り向けば、そこにはクラサメがいて。私の前まで歩いてきてピタリと止まった。
「なんで言ってくれなかった。」
「…何のこと?」
「惚けるな、四課の隊長である事だ。」
「その事は薄々クラサメだって勘付いてたでしょう?それに、言ったってメリットがある訳でもないし。」
クラサメは先程よりも更に不機嫌な顔になった。しかし四課の隊長だと、知ったところでクラサメにとって何も良い事は無いし、寧ろその事実があれば四課のメンバーにとっては警戒対象になる可能性だって低くもない。0組に知られていなければ、今後も言う予定は全くなかったのだ。
「今までの作戦も、全部ユヅキが立てていたのか。」
「まあ、軍令部からの依頼以外はそうね…言いたい事は何となく分かるけど、クラサメが私の立場だったら同じ事してると思うわ。」
「…無理はするな。」
クラサメは諦めた様にため息を吐いてからその一言だけ残して去っていった。
きっと言いたい事はもっと沢山あったのだろうが無駄だと感じたのだろう。そうだ、これ以上深く入り込んでくれなければ良い。あの時が来るまで。そう願いながら、ユヅキもその場を後にした。
クラサメは自室に着くなりベッドにゴロリと寝転がった。
同じ組でなくなってから、ユヅキは変わってしまったように思う。そう、何処か生き急いでいるような…まるで別人のようだ、と思った事も少なくはない。
その違和感はずっと拭えず今もモヤモヤしている。ああやって自分で抱え込むのだけは変わらないが、見えない壁がユヅキへ近づく事を阻んでいた。
分かっている事はあの、四天王時代の時がターニングポイントだったという事だけだ。それ以外の確証が得られなく、今までが過ぎてしまった。きっとそれに向き合わなければユヅキとは向き合えないのだ、とクラサメはベッドに更に身を沈めた。
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