10.ステップ バイ ステップ


「あ、ユヅキたいちょーやっほ〜!本当に何も無いねぇ〜」

2度、部屋の表札を確認した。うん、名前は間違ってない、部屋番号も。

「ああ……なんかデジャヴ。それで。不用意に四課の部屋に入ると危ないわよ?下手したら殺される。」

「大丈夫だ、許可は貰った。」

「はー…どうせナギが面白がってたんでしょう?」

「わあユヅキたいちょーすごーい!良く分かったねぇ〜」

「ナギとは長いからね。大体あいつのやりたそうな事は分かるわよ。」

さっきナギに会った時にシメておけば良かった。そんじゃ遅い昼飯食ってくるわーなんて軽いノリで去っていったナギは、裏でこんな大きい爆弾を投下していくような人物だ。知らない内にこなしておく行動の速さは一種の才能なのだが、近くの人間は困る事ばかりである。

そう言っていてもしょうがない。とりあえず、と部屋に入り先に入っていた訪問客を見回す。言っておいた通り4人以内では来てくれているようで、シンクにケイト…はまあ予想内の範疇だ。しかしその隣に居るエースとサイスは少々意外なメンバーだった。エースはクイーンとは違った真面目な子なのかな、と思っていたし、サイスはこういうのは面倒に思うんじゃないかな、と第一印象から推測していたからだ。

「中々あまり見ない組み合わせね。あ、お茶でも飲む?注いでくるから待っていて。」

「見ない組み合わせって…エースとサイスの事?」

「ええ、あんまりこういう話には乗ってこないんじゃないかな、って思って。」

「ふふーん。それはね、2人ともユヅキたいちょーが気になるからなんだよお!」

シンクがオーバー気味に話を振りだす。
皆にお茶を手渡して、では自分も、と何気無く口に運んでいたお茶が喉に詰まった。
2人の気を引くような事なんてしただろうか。全てが興味対象である好奇心の塊を体現しているようなシンクやケイトはともかく、2人とはまだ片手で数える程しか喋ったことはないはずだ。それも自己紹介をした程度で、そこから知りうる情報なんてたかが知れている。

人は無意識に優先順位をつけている。それは本能としてこの生きる世界全てが自分に必要なモノではない事を知っているからだ。
つまり彼らが来た、という事はそれが少なからず不必要では無いという事を意味していた。エースやサイスはおい変な事は言うなよ、とシンクやケイトを止めようとしていたが、ユヅキは2人に続きを促した。

「ふうん。気になる…ねぇ?」

「ええっとねー見ちゃったんだよぉ!ユヅキたいちょーのかっこいい姿!」

「か、かっこいい…?私の?」

「昨日、あたしとシンクで魔導院を回ってたんだけど、闘技場に行った時にさー」

「え、闘技場って…もしかして見てたの…?」

闘技場といえば、昨日クラサメと手合わせをしていたじゃないか。それを彼女達は見ていたのだという。
四課を務めて長い私が彼女達の気配に気づかなかったのは、それだけクラサメとの手合わせに必死だったのかもしれない。いや、それを除いても彼女達は気配を消すのが上手いのだろう。感心のできる技能だが、そこまでクラサメの真似しなくても。
この際、闘技場が候補生の立ち入り禁止だという事には目を瞑っておいた。

「うん。隊長と話してるところ見て、面白そうだからっていってシンクが教室に伝えに行ったって訳。」

「あの隊長のやられる姿が見れるかも、とかいうから…」

「あたしはそんなのには興味無かったけどさ。クソ退屈な時間を過ごしてたからね。」

「え〜でも隊長同士の模擬戦って言ったら結構乗り気になってたよね〜?」

おいそういう余計な事は言わなくていいんだよ、とサイスがシンクを睨む。
どうやらエースとサイスは上手いことシンクに乗せられて闘技場に見に来たようだった。
そういえばエースは初対面でクラサメに氷剣であしらわれたと言ってた気がする。サイスは良く軍令部の作戦課に居ると聞くし、どうやら戦闘に興味があるようだ。
案外エースやサイスも好奇心が勝る、子どもっぽいところもあるのかもしれない。いやでもそれは年相応の部分であって然るべきだろう。第一印象に付け加えておこう、とユヅキは彼女達を改めて思い直した。

「あぁそういう……って事はでもみんな全部見てた訳でしょう?」

「うん、バッチリ!」

「私、終始押され気味で軽くあしらわれてたわよ?しかもあっちは現役じゃないし…ああ自分で言ってて凹んできちゃうわ。」

結果的にクラサメには勝てなかった訳で、つまりはエースがいう"隊長がやられる姿"もみせられなかった事になる。ユヅキの攻撃を飄々と受け流していたクラサメがかっこいい、というのならまだしも、自分の事がかっこいい、というのはどういう事なのか、ユヅキには分かりようが無かった。

「でも、隊長がいきなり斬りかかって来た時も受け止めてたじゃないか。」

「それに、その後のファイラもそこら辺の候補生より強かっただろ。」

「何かエースとサイスにそう言われるとむず痒いかも…まあファイラはほら、私昔3組だったからじゃないかしらね。」

「3組…って魔法クラスにいたのか?」

「ええだいぶ、昔の話だけどね。」

魔導院の組は能力ごとに割り振られる。各分野に特化した組にする事で、授業や実習がカリキュラムを組みやすくなるからだ。中でも3組は攻撃魔法に長けた候補生が集められている。

「…あー!それじゃあもしかしてこれってユヅキたいちょー!?」

エースやサイス達と話している中、いきなり大きな声をあげたのはユヅキの部屋をぐるりと見回していたシンクだった。
シンクの指の先にあったのはベッドのサイドテーブルに置いてあった写真立て。

ああ、それは。
候補生時代の大切な思い出だ。
今残る数少ない所持品、とも言えるものでもある。

「…そうよ。右から2番目が私。1番右にいるのがエミナ武官、あと1番左がカヅサっていうの。今は、研究員としてここにいるわ。2人とも組は違ったけど候補生時代からの付き合いで今も会ったりしているのよ。それで……」

「ああっ…!じゃあ…この左から2番目の人、どっかで見た事あるなぁって思ってたんだけど.もしかして……クラサメ隊長?」

「ええ。同期で、同じ組だったのよ。」

「えー!クラサメたいちょーがマスクしてないー!」

今のクラサメしか見ていないからか、4人とも珍しそうに写真を覗きこんでいる。でも、この仏頂面は変わらないねえ、とシンクが呟けば、みんなも確かに、と頷く。

「クラサメ隊長と同期で同じ組だったからそんなに仲良いんだ、納得かも。」

「仲良く…見えてるかしらね。」

「少なくとも仲悪そうには見えないね。」

「あぁ。まず、あんなに話が続かないからな。」

仲悪そうには見えない、と言われユヅキは何処かで安堵していた。0組の人達に言われたからかもしれない。
みんなに、少し近づけたような気がしてふふ、と笑みをこぼした。

「でもひとつ気になる事があんだけど。」

「うん?」

「ナギって奴が言ってたけど、四課に入れるのってほとんど9組の人だけなんだろ?…3組だったアンタがなんで四課の隊長に?」

サイスが私の方を向いて直球の言葉を投げつけてくる。ナギは後でとっ捕まえよう。シメるどころの話じゃないな。
エースもそういえば…とユヅキを見る。

「うーん…それは、余り楽しくない話題ね?色々あった、じゃ理由にならないかしら。」

「…はっ、まどうせそんなだろーと思ってたけど。どんな理由か知らないけど精々それが潰れないようにしなよ。」

「……えぇ、そうね。」

何が、とは言わなかった。彼女には見透かされている気がして。言えなかった。
何だか気不味い雰囲気になって私は4人を帰した。

ソファーに身を沈めて、息をつく。わたしが四課の隊長をやっている理由なんて。ただひとつしかない。でもそれを遂行するまでは、絶対に潰れる事は許されない。そうする為に、ここまで来たのだから。





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