9.5 a day
珍しく長時間机に向き合っていたからか、身体が凝り固まっている。ならば気分転換をしよう、とふらっと向かった先は闘技場だった。
候補生時代にはよくここで戦闘訓練をしていた。魔法技術を使って実践さながらの模擬戦闘を行ったり、時には隊長とマンツーマンで特訓してもらったり。授業でもしばしば使用されていたここは様々な思い出が浮かび上がるが、9組隊長となった今では訪れる事がほぼ無くなってしまった場所でもある。
丁度放課後にあたる時間で普段なら自主練をしている候補生が見えるはずだが、首都解放作戦後からの復旧がまだ終わっていない為候補生の使用は禁止されているようだった。しかし中は粗方作業が終わっているらしく、大きな瓦礫はほぼ撤去されていた。
「うーん懐かしいわね。私も候補生の頃はここでよくクラサメと訓練してたっけ…」
氷魔法が得意な彼に何度氷漬けにされそうになったか。それは比喩ではなく、模擬戦闘だろうがなんだろうが全力で来るものだから、こちらは防ぐので精一杯であった。片や朱雀四天王に登りつめる程の力を持った候補生、片や極々平均的な組相応の力を持った候補生だ。そう考えると当たり前の事とも言えるのだが、それでも良くクラサメと訓練を繰り返していたものだ、と思う。
「結局、1対1の模擬戦闘は1回も勝てないままだったんだよね...惜しい所で引き分けになっちゃったりした時とか、悔しかったなあ。」
「では、リベンジしてみるか?」
「リベンジかぁ今やったところでねぇ…って……クラサメ。」
いつの間に来ていたのか、横を向けばクラサメが佇んでいた。もしかして最初から全部聞いてたのだろうか…私の独り言。
「居たなら声かけてよ、音も立てずに来たらびっくりするじゃない。」
「ふ、ユヅキの独り言が気になったからな。で、リベンジするのか?」
「何、やけに乗り気ね?なんでそんなにやる気満々なのよ。」
やっぱり全て聞かれていたようだ。そんな独り言だったはずのリベンジだったが、クラサメはいつでもかかってこいと言わんばかりに氷剣を出現させユヅキを見ている。経験上、クラサメは一回やる気になると止められない。もうこれはリベンジとやらをするしかないのだろう。仕方なく身に付けていたスティレットを取り出して構えると、クラサメは満足そうな顔をした。
「久々に体を動かしたくなっただけだ。もう現役でもないし、ここ数年は候補生に教える時ぐらいでまともに剣を振るっていなかったからな。それにユヅキとだったら手加減しなくて良いだろう。」
「いやいや買い被りすぎよ、私だってもうまともな剣なんて振れてないわ。魔法だって満足に撃てなくなってきてるんだからっ、」
構えて準備が整ったと見るや否や、動き出したのはクラサメだった。衰え知らずなクラサメはあっという間に距離を詰めて氷剣を振りかざしてくる。ユヅキは咄嗟にスティレットで氷剣を流し、身をかわした。
氷剣とスティレットでは相性が悪い。真っ向勝負になってしまえば細身であるスティレットは力負けしてしまうのだ。
「ねえ、いきなりすぎでしょう!準備ってものが、」
「構えたら準備ができたという合図だっただろう?」
それはユヅキ達が候補生時代だった時に使われていた模擬戦でのルールだ。今はどうか知らないが、緊張感を持たせるために明確な始めの合図は出さない事になっていた。構えたら準備完了、そこからはいつ始めても良い、という暗黙の了解だったのだ。
「分かって、るけど、もう昔みたいに身体動かないんだからさ」
「の、割には受け身をしっかりとっていたようだが?」
「あーもう、分かった、わよ!」
何を言っても揚げ足を取られる。
ふ、と笑うクラサメにムカッときて炎魔法、ファイラをお見舞いしてやった。不意打ちだなんて知るもんか、クラサメが悪い。
そして食らう直前でクラサメは氷魔法のブリザラで相殺して、飄々としているものだから更にムカつく。
「現役の私より体動いてるじゃない。何がもう現役でもない、よ!」
「0組を見るようになってから鍛錬を再開したからな。多少は感覚が戻っているようだ。」
「随分と0組の事を気にかけてるのね?」
「0組は学力はともかく戦闘の腕は一級品だ。この闘技場が候補生も使えるようになったら、すぐ追いつかれかねないからな。その為の鍛錬だ。」
クラサメはそんな話をしながら尚も笑っていた。笑っていた、というより穏やかな顔をしているといった方が正しいかもしれないが。
0組の話をよくするようになってからだ、表情が柔らかくなったのは。
0組は良い子達だが素直に喜べないのは前以上にクラサメが遠く感じるからか。会話する機会は前より多くなったが、面と向かって自分の個人的な話をするのは私は勿論、クラサメも避けているように感じた。
話している間も打ち合いは続いていて、そんな事を考えこんでいたからかクラサメの氷剣が顔の横を凪いだ。
「考え事か?余裕だな。」
「余裕な訳ないでしょ。考えてたのよ、どうやったらこの状況を打破できるかな、って。」
「そうか、では私も全力でいかなければならないな。」
「今までのは全力じゃ無かった訳?ふ、氷剣の死神は伊達じゃないわね。」
「お前にそれを言われると…むず痒いからやめてくれ。」
遠回しにその頃の話はしたくない、と言っているような気がした。
氷剣の死神。朱雀四天王時代に付けられたクラサメの異名だ。当時クラサメとはほとんど会う事もなかった私でもその異名は噂で聞いていた。任務での圧倒的な強さから、四天王になる前以上に畏怖、敬遠されるようになってしまった、と。朱雀四天王時代はクラサメにとって苦い記憶しかないのだ。
そしてそれは、わたしも同じだったのだけれど。
「そうね…今はこっちに集中する事にするわ。」
そう今はまだ、話合っても意味が無いだろうから。
ぶつかり合う2人は日が暮れても変わらない状況で。
2人の歩幅は当分、合いそうになかった。
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