9.親友、相棒、そして
「あれぇユヅキたいちょーがいるー」
「こんなところで居眠りかよコラァ!」
「こらシンク、ナイン!声が大きいです!ここはクリスタリウムなんですよ。…それにユヅキさんを起こしちゃったらどうするんですか。」
「えーでも報告書?が途中みたいだよぉ〜?」
マクタイ奪還作戦の成功から数日。ユヅキはいつも以上に忙しい日々を送っていた。9組の報告書の受理から自分達の任務の報告書、そして今後の作戦についての会議。普段はほとんど四課としての仕事だけだが、作戦後はそれに隊長としての仕事も追加される。
朝から晩まで働きっぱなしであった。
「んん……シンクにクイーンそれにナイン?…あぁ、私クリスタリウムで寝ちゃったのね……」
「すみません、シンクとナインが近くでうるさくしてしまって……特にナインが。」
任務の報告書ぐらいナギが書いてくれたって良いのに。
そう、愚痴を零しながらクリスタリウムで報告書を書いていたのだが、どうやら途中で居眠りしてしまっていたらしい。
「ふふ、いいのよ気にしないで。報告書もまだ書いてる途中だったしね。」
「ほらぁーシンクちゃんの言ったとおりでしょ〜?」
「取って付けたように自慢しないで下さい!もう少し人への配慮を考えてと言っているのですよ!」
「おい俺がうるさいってどういう事だコラァ!」
横で騒ぐナインに、存在がうるさいです!と受け答えるクイーン。結構酷い言われようだ。しかしナインはそれを物ともせず、いやそう言ってるクイーンが一番うるさいだろ、と言い返す。
シンクにまでハモられ凹む姿を見てユヅキはとても和やかな気持ちになった。
「あはは、クイーンも私の事、心配してくれてたんだよね。ありがとう、お陰で少し疲れも取れたよ。」
「べ、別にそういう訳で言ったんじゃないですから!ここほらクリスタリウムですし…!」
「あーうんそうだね。ふふ。」
「あれぇークイーン、照れてるー?」
「照れてません!」
ああ、親友とか兄弟ってこういう感じなんだろうな。相手の考えている事が手に取るように分かっているというか、いる事が当たり前みたいな…羨ましいと思う。
確かに付き合いの長い人物は居ない訳ではない。
例えば、ナギとか。ナギとは現在進行形で同じ道を歩んでいる。信用は…恐らくお互いにしていると思う。少なくとも私は。しかし朱雀の為にナギを、若しくは私を排除しろというのならきっと二人ともできるはずだ。相手を切り捨てる、という事が簡単に思い浮かぶ。
何かきっかけがあれば直ぐに歯車が外れる、錆びかけた歯車のような関係だ。ナギと仲が良いんだな、なんて周りには良く言われるが、この目の前の様な温かい関係を表面上だけ造っているだけに過ぎないのだろう。
クラサメは…考えるまでもなかった。わたしも、クラサメも…私も。随分と前で時が止まってしまっているのだ。いや動いているのかもしれないが、そもそも歯車が噛み合ってすらいない。エミナだってカヅサだってみんな少し離れたところでひとりで自転している。
自分の道を歩んでいると言えば聞こえは良いが、それは進む先の終着点が一緒であればの話。私達の場合、みんな向かっている方向が違うのだ。だから本当のお互いを理解できない。
0組と話していると色々な事に気づかされ羨み、そして寂しくも思う。今やクラサメだって指揮隊長なのだ。0組の一員になっている、と思うと途端に遠くに行ってしまった様な気がしてしまう。私達だけが過去に取り残されたようで。0組と仲良くしたいと思うのは少しだけ、いや大いにこの気持ちが反映されているのだと実感せざるを得なかった。
「…こほん!ところで報告書を書いていたみたいですが…四課の仕事、クリムゾンは記録などを残したりしないのでは?」
「9組は報告書書かなくてもいいのかよ!羨ましいなオイ!」
クイーンが眼鏡のブリッジを人差し指で上げながら話題を変えるように話しかけてきた。クイーンは観察眼に優れていて知識も豊富だ。その場で見えている情報から推測して、鋭い質問をしてくる。その隣ではやはりナインが騒いでいたが、クイーンのひと睨みでうぐっと詰まった声を出して萎んだ。
「勿論記録は全て残らないわよ。今私が書いてるコレも来るべき時がきたら消えるし。報告書、というよりはメモ書き程度のものね。自分達が動く為の。」
「メモ書き…ですか?」
「忘れないようにしてるってことー?」
「ええ大体そんな感じ。任務で得た情報を確実に私達の、朱雀の武器にする為ってところかな。情報抱えたまんま死なれちゃ堪らないでしょ。」
「なるほど…他の諜報部員が得た情報をまとめておいて、その情報を使い終わったらその紙も処分するという事ですね。」
「その通り。公に残るような書類なんて、ここ数年扱ってないわねえ。個人的には部屋に書類が溜まらなくて助かってはいるけど。」
それに9組は通常の授業すらまともにできることが少ない。つまりテストも最低限のみで、部屋に紙類が積まれるという事はほぼない。比べてこの子達の隊長、クラサメの部屋はきっと今頃は書類やテストで山積みなのが容易に想像できた。彼は真面目だ、テストも一人一人丁寧に解説まで書いて見ているに違いない。
「ユヅキたいちょーのお部屋かぁーちょっと気になるかも。」
「え、いや…来ても何も面白いものなんてないわよ?」
「この前はぁクラサメたいちょーのお部屋に入ったから次はユヅキたいちょー!」
「んん…?クラサメの部屋に入ったの?」
候補生が何故隊長の部屋に?そもそもクラサメは余り人を自室に呼ぶような事はしない。最近は特に。私だってこの間はとても久しぶりだったのに。
「呼び出されたんだよぉー報告書出し忘れちゃって…えへへ。」
「俺も呼び出されたぞコラ!」
「後は確かジャックも呼ばれてましたね。初任務の報告書なのに、クラサメ隊長も流石に呆れていましたよ。」
「ああそういう事…」
なるほど、如何にもシンク達らしい理由だ。
隊長からしたら迷惑極まりないが、どこか羨ましい気もした。
「そんなことより!ユヅキのお部屋行ってもいーいー?」
「まあそんなに来たいのならいいけど……本当に何もないわよ?でも今日はまだ報告書も書き終わってないから、別の日にね?次の作戦が始まるまでは任務はなさそうだから、暇な時にでも来てちょうだい。」
「おっけー!今度みんなでユヅキたいちょーのお部屋に突撃だ〜!」
「みんなでって…できれば3、4人ぐらいでお願いするわ。」
「うん分かったー」
「さ、シンク、そろそろ行きましょう。あまり長話をしていてはユヅキさんの仕事の邪魔になってしまいます。ユヅキさん、それでは、また。」
「いいのよ、話ができて楽しかったわ、またね。」
「またねぇー」
クイーンがシンク達を引きずるように引き連れてクリスタリウムを去っていく。
うーんできれば今みたいにまとめてくれるクイーンとかセブン辺りも来て欲しいな。でもこういう話に乗って来そうなのってケイトとか、ジャックとか……うん、その時がくるまで考えないようにしよう。
報告書の続きを書きながら、ユヅキは個性豊かな0組達の事を思うのだった。
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