君が好きだよ
昔、教科書か何かで見た事がある。なんだったっけな?連歌賭博の大好きなお坊さんが、「猫また、よやよや」って叫ぶお話し。
その話じゃ確か、猫又って人喰いだった気がする。
何で猫又の話が出たかって言ったら、そりゃあ目の前に猫又がいるからでして……。 その、なんて言うか、問題はそこじゃなくって……
「あ、ずさ……?」
「…………なんですか」
あっちゃー、という顔をして溜め息を吐いた梓。 そんな梓の頭には、ひょこっひょこっと可愛く動く黒い耳。そして二手に別れた黒い尻尾が生えていた。
つまり、猫又だよね……これって。
「どし、どどど、どし、どー……」
“どーしてネコ耳と尻尾なんすか。”
と、平静を装って質問しようと思ったのだが、体は素直らしい。あ、こんな言い方すると変態っぽいけど、顎ガタガタで喋れないって意味ね。
いやー。にしても、頭の中はどこまでも冷静だ。
「まず始めに、この事は絶対誰にも言わないで下さい。細かい事は後で説明するので」
「は、はい……」
そう言った梓は辺りをキョロキョロと見回し、さっと私をお姫様だっこし始め……は?
「んなっ、ななな何してるんすか梓君!!!??」
「あっ、もう。暴れないで下さいよ。一分ぐらい我慢してて下さい、寮まで行くんで」
「寮までって、あんたこっから寮まで10分くらいあるけど!?」
梓は周りの目を気にしながら、私の言葉なんか耳に留める様子もなさ気にタッと走り出した。
え?はい、それはもうすんごいスピードで。
「っげほっ、はぁっ……梓……あんた、私……今生命線2cmくらい縮まった気がする……」
とてもシンプルに纏まった梓の部屋のベッドに腰掛けると、梓は呆れたように溜め息を吐く。ちょ、そんな不愉快そうに溜め息しなくても。
「で、何か質問はないんですか?」
「はい?」
「………先輩、僕のこの姿を見て、何も思わないなんて事ないでしょう」
シュン、と耳と尻尾を下げる梓。
そういえば、確かに質問は山ほどある。 なんでネコ耳生えたの?なんで尻尾生えたの?てか猫又なの?まぁ梓が猫又とか違和感ないけど?猫又って人食じゃなかった?
そもそも、なんで耳たぶに触れたら猫又科したの?
「あ、んー……うー……」
色んな質問っていうか愚問が、募り募ってワケが分からなくなる。 でもこのままじゃ気持ちが悪いから、じゃあまず、始めは
「梓は、猫又……なんだよね?」
「はい。僕は家猫だった猫又です」
「え?それって、えーっと……100年ぐらい生きるとってやつ?」
「んー、まぁ、そんな所です。細かく言うと、僕は30年ですけど」
え、まじかよ、梓まさかの30代? ってそんな事はどーっでも良くてですね、
「っとー……じゃあ、梓は人を食べるの?」
「………はい?」
私の質問に、丸い目を更にまぁるくさせた梓。
「え、だって猫又って、……え?人、食べないの?」
まさか、そんな訳ないでしょう。 なんて梓は眉を下げながら言った。これは、梓のプライドが傷付いた時の顔だ。 何だか悪い質問をしてしまったらしい。
「じゃ、じゃあ最後!」
「もう最後ですか?」
“何で梓は、耳たぶ触ったら猫又になっちゃったの?“
軽く、本当に「うちくるー?」「いくいくー!」ぐらいの軽い乗りで聞いた……はず。 なのに、その質問をした途端、梓の顔がボッと赤く染まった。紆余曲折な理由があるのか、目を右往左往させながら『えー……っと、』と口ごもる梓。
梓って、こんな反応もするんだなー。今日は色んな梓を見る。
「その、猫又の僕達からすると、30年って長い方なんです」
「う、うん」
人差し指をくるくるさせながら、一生懸命説明を始めた梓。
「猫として生きた長さが、猫又になった時の階級に繋がるんです。で、僕は猫又の中では最上級なんです。だから人も食べませんし、猫又化する事なんて滅多にありません」
さっきよりも熱さは引いたみたいだけど、梓の顔はまだ赤いままだ。ほんと、今日は珍しい物をたくさん見る。
「その、最上級の猫又って……本当に滅多な事がないと、猫又化はしないんです。それと………1番気を許している人以外には。」
「そっかぁ…………って、はい?」
1番気を許している人、以外?1番気を許している人には猫又の姿を見せちゃうって事?
……………はい…………?
「えーっと、つまりその、」
“梓は、私が好きって事?”
我ながら直球っていうか、えげつない質問をしてしまった。やってしまったと思ったものの、言葉を発してしまったからには最後まで聞かなくてはならない。
私の目の前に立っていた梓は、ゆっくりと私のもとへと近付いてくる。 座っていたベッドのスプリングがギシリと鳴った気が、しなくもない。
でも、今はそれよりも、
「……はい、そういう事です……」
嬉しそうな顔をして、私に抱き着く梓しか、私の頭の中にはなかった。
君が好きだよ (そ、そんな分かりやすい顔してた?私) (はい、とても嬉しそうでしたよ、先輩の顔) (だって、猫又とか関係なしに……私は梓が好きなんだもん。)
@afterword 初めまして!稍汐架というものです。 今回は、××ならば。様の企画に参加する事ができ、大変うれしく思っています! また、何かの機会がありましたら参加したいなぁと思います!← 最後に、管理人の錫奈様、そしてここまで読んで下さった皆様、大変ありがとうございました。
ソーダ水と雨/稍汐架
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