もしも妖怪ならば。 | ナノ

夜明け


「またこんな時間に課題やってるのか?」
「錫也!」
 自分しかいないはずの屋上庭園でやや呆れたような声が聞こえると、私は思わず彼の名前を呼びながら声のした方を振り返った。
「明日提出の課題があったこと、すっかり忘れてて……」
「……まったく、しょうがないな」
 笑ってごまかそうとする私に、錫也は小さく溜息をつく。
 夜遅くに女の子が一人で出歩いちゃいけません、なんてことは合う度に言われているような気がするけれど、その言いつけだけはどうしても守れない理由がある。だからせめて、課題のせいでしょうがなく、ということにしておいた。
 もし錫也に言われたとおりにしていたら、私は錫也に会う機会を全て失ってしまうのだ。
 なぜなら彼は――
「夜一人でいたら、俺以外の妖怪がくるかもしれないんだぞ?」
――妖怪だから。
 とはいっても、錫也の見た目は人間と何も変わらないし、特に何か悪さをするわけでもない。むしろ錫也は人間と争いごとを起こしたくないようで、いつも人目を忍び私が一人でいる時にしか姿を現してくれなかった。
「――それで、課題ってどんなものなんだ?」
「あ、えっとね、今回は自分の好きな星座の観測なんだけど――」
 その後課題のことに話が移ると、錫也は今この時期に見える星座について詳しく教えてくれた。星の名前や星座はもちろん、徹夜でもしなければ見られない夜明け前の空の様子まで、錫也はちゃんと知っている。
「教えてくれてありがとう、錫也。いつも私が教えてもらうばっかりで、なんだか申し訳ないんだけど……」
「いいよ、そんなこと気にしなくて。月子が俺の好きなものに興味を持ってくれてるってだけで、すごく嬉しいんだ」
 錫也は手すりに体重を預け、私のすぐ隣で空を見上げる。私はほんの少しだけ錫也の横顔を見ていたいと思ったけれど、思いのほか距離が短くて、逆に星空から目を離せなくなってしまった。
 錫也は星が好きで、私も星が好き。でも、もし錫也に星のことを教えてもらわなかったら――錫也と出会わなかったら、星のことなんて何一つ知らずに全く違う道を歩んでいたのかもしれない。
 夜の大部分を眠って過ごす私と、夜しか活動できない錫也。そんな私たちを交わらせてくれたのが星だった。
「ねえ、錫也」
「どうした?」
 空を見上げたまま、私はとある提案、というよりは要望を呼んだ方がいいかもしれないものを口にした。
「今日、この夜が明けるまで錫也と星を見ていたいの。……ダメかな?」
 私の身分上、錫也といつも同じ時間帯に活動するわけにはいかない。だけど、たまには二人で同じ世界のものを見てみたい。夜の世界と昼の世界が入り交じったかのような夜明け――錫也の生きる世界と私の生きる世界が交わったかのような空を、錫也と一緒に見てみたくなった。
「あ、もちろん、嫌だったら断――」
「いいよ、もちろん」
 ふと頭にあたたかいものを感じると、錫也が私の頭をぽんぽんと撫でているところだった。
 突然そんなことを言い出した理由も訊かず、ただそうしてそばにいてくれる。それがなんだか、私の思っていることが錫也に伝わったみたいに思えて、少し嬉しくなった。
 いつか錫也もそう思ってくれる時が――私たちにとっての夜明けが来たらいいな。そう思いながら、私はそっと錫也の手に自分の手を重ねた。




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