もしも妖怪ならば。 | ナノ

できそこない神様の幸福論


 
「名前さん、あなたに話しておかなくてはいけないことがあります」


普段は慈愛に満ちた彼の優しい瞳が、若干の冷たさを持って私を射抜いた


「騙していたわけではないんですが、実は……僕はある神様の生まれ変わりなんです」

「……は?」

「『サラスヴァティー』という神をご存知ですか?」

「えっと、たしかインドの神様にそんな名前があったような…」

「はい。サラスヴァティーは知恵と芸術と幸福を司る非常に聡明で美しい女神で、インドでは高貴な神として知られています。一言でいうなら『才色兼備』の神、といったところでしょうか」

「はぁ……」

「そして簡単には信じられないかもしれませんが、僕はその生まれ変わりなんです」


きっと私は今、ものすごく間抜けな顔をしているだろう

それでも開いた口がふさがらないとはこの事

そんな私を置き去りにして彼は続けた


「唐突過ぎて驚かせてしまいましたね。ましてや神様の生まれ変わりだなんて……。でもあなたにこれ以上隠し事はできない。そう思ったので本当のことを伝えようと思いました」


冷えた瞳がまた、冷たさを増す


「でも、僕は“できそこない”なんです」

「できそこ、ない…」

「はい。僕は、人に幸福を与えることができないから。だから――」

「まって」


これでも付き合いは長い方だ

彼が言わんとしていることが分ってしまった

だからこそ今、私が伝えなきゃいけないと思った


「一つだけ答えて。颯斗からみて私は今までどう映ってたの?」

「名前さん?」

「いいから答えて。颯斗の隣に立つ私はいつも悲しそうに颯斗の瞳に映ってた?」

「……いいえ、僕には眩しすぎるほど、輝いてみえました」

「だったらそれは颯斗のおかげだよ?」

「え――?」


目を見開いて驚く颯斗の瞳が揺れる


「颯斗が隣にいたから、颯斗だったから、私は笑っていられた。それはつまり、颯斗が私に幸福を与えてくれてたってことだよ。だから颯斗はちゃんと『サラスヴァティーの生まれ変わり』だよ」


颯斗の手をとって、頬を寄せる


「神様の生まれ変わりだとか、できそこないだとか、そんなこと私はどうだっていい。でも――、生まれてきてくれてありがとう、颯斗」











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