もしも教師ならば。 | ナノ

ひみつのこいを、している。


ふ、と目を醒ますと視界いっぱいに広がる鼈甲飴を溶かしたような飴色に静かに目を細める。どうやら気付かないうちに眠ってしまっていたらしい。窓の向こうから聞こえる細やかな小鳥の囀りと微かな飛行機のエンジン音が鼓膜を揺らし、カーテンの隙間から漏れる陽射しは暖かい。それが冷たい冬は疾うに去ったことを言外に告げていた。

――まるで、彼の体温のようだと思った。

「おー、起きたか」
「…っ、不知火、先生?!」
優しい声に驚いて顔を上げると、若草色の瞳と視線が絡んだ。何時から居たのだろう、彼は読んでいた本を閉じて近くに置いてあった日誌を手にした。どうやらわたしが書いていた(書き終わってすぐにわたしは眠ってしまったらしい)日誌を取りに来たようだった。悪いことをしたなあと思いながらも、こうして二人きりで会えたことに少なからず喜びを覚えてしまう。


誰にも言えない恋をしている。


せんせい、わたしだけが話すことのできる秘密の言葉であるかの如くその四文字を囁く。そうすればほら、彼はは蕩けた表情で笑ってくれる。砂糖菓子より甘い声で名前を呼んでくれる。せんせい、しらぬいせんせい、かずきさん。あのね、聞いてほしいことがあるの。

彼の細く長く、雪の様だとわたしが勝手に評している白い指先がそっとわたしの亜麻色に絡まる。音もなくさらさらと零れ落ちる感覚が心地好くて。
何時だったか、彼に髪色を褒められたことがあった。(俺にはない、その光を孕んだ亜麻色。この世のものとは思えないくらい、綺麗だよな)その時わたしはどう応えたのだったか。遥か遠い記憶は、寝起きのためかはっきりしない頭からの呼び掛けにそれでもちゃんと答えてみせた。あれは確か――。
「つきこ」
不意に名前を呼ばれた。そちらに視線をやると、まるで宝石のように輝く若草色の瞳とかちあう。その瞳に宿る光が、平素より蕩けているように見えたのは、気のせいだったのか。


(つきこ)


もう一度、名を、呼ばれた。


(すきだよ、つきこ)


その声はたったひとつ、神聖なる祈りにとてもよく、似ている。神の絶対性にも似たそれを聞く度、甘い痺れと同質のものが背筋を駆け抜けいくことに軽い眩暈さえ覚えた。この声を失うことが何時かあるのだろうか。――否、ないわけがないのだ。わたしは生徒で彼は先生。別離の時間は必ずやってくる。彼にはわたしではなくて、もっとお似合いの、素敵な女性がいる筈なのだから。
けれども。
その先を想像することすら出来ない自分を臆病だと嘲笑って欲しい。
そうして。
誰よりも何よりも何れ訪れるであろう別離に怯えていることに、彼が気付くことは、果して、あるのだろうか。
「つきこ、おいで」
――どちらにせよ彼は何も言わずに微笑んで抱きしめてくれるのだろう。
微かに笑ってから立ち上がり、手招きをする彼の肩口に顔を埋める。ふわりと香るのは春の匂いか。どちらにしろ彼の体温と同じ温もりだった。









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