琥珀色の糸






琥珀色の糸は他の色よりも控え目に存在を主張していた。
まるで琥珀色の糸を見てほしくないかのように、ひっそりと小指に結ばれている。他の糸は綺麗な蝶々結びだというのに、この糸だけは何度も何度も結び方を失敗したかのように歪な仕上がりになっていた。

「しかも結んだ上からまた縛ってやがる」

変なところで几帳面さを発揮する凌牙は、そのぐちゃぐちゃとした結び方が気に食わない。こんな結び方をする奴はどんな人物だ、と逆に興味を惹かれた。

毛糸玉を巻いていくように、Dパッドにくるくると糸を巻いていく。
交差点を渡る際や通りを歩く時、すれ違う人の指先に自然と目が行くが、矢張りここまで綺麗な糸は中々見付からない。薄い橙色、で言い切ってしまうには惜しい程の輝かしさがあった。

あまり不審がられぬよう糸を巻いて歩くと、自然と人通りは少なくなって行く。すっかり暗くなった周囲は人工灯が一定感覚で道を照らしている。
ザー、と噴水が吹き上がる音に段差を駆け上がると、漸く凌牙が見たことのある場所へと出た。記憶の片隅にあるのは、トロン達と戦った大会の開会式が催された会場脇の道。

普段は仕様されていないのか、会場だった場所は暗く、吹き上がる池の噴水と申し訳程度にライトアップされた水面がキラキラと輝いていた。

「……」

人気は無いとは言えない。琥珀色の糸は……凌牙の位置からでは見えない噴水の反対側へ伸びているのだから。
そして、凌牙には薄々糸の持ち主が誰なのか感付いていた。この場所で、皮肉なやり取りをした人物を彼は一人しか知らない。
コツ、と靴音を立て石畳を歩くと糸が微かに揺れたのが分かった。

「こんなところで夜の散歩か、W?」

水の音に掻き消されない声量で投げ掛けると、僅かな間の後に散々見馴れた姿の青年が凌牙の視界に入ってきた。赤い眸に映るのは、驚愕やら疑問やら。どことなく罰の悪そうな顔もしていた。

「凌牙、どうしてここに……」

「夜の散歩だ」

まあ嘘だが。
Wの辛気臭い表情が気に食わない凌牙は素っ気なく答える。糸をDパッドから引き抜きつつ、お前は?と問えばWは稍あって赤い眸をそろりと伏せた。

「俺を見ても、何も言わないんだな」

「言って欲しいのか」

「分かんねぇ。ただ、凌牙に会ったら罵倒の一つでも貰うとは思っていたんだ」

自分自身を嘲笑う口振りでそう言い切るWに、凌牙は静かに目を閉じ言葉を選ぶ。

「お前の事は許してねぇよ。許せる訳がない」

「だろうな」

「けど……決着はデュエルで着けた。それにW、テメェだって苦しんでたんだろ」

凌牙の投げ掛けに、小指から伸びる糸がぴん、と張り詰める。糸の動きが一体何を指し示すのかは分からないが、何となくWの核心に触れたのではないかと思った。

「……っ、それが免罪符にはならないだろうよ」

「ああ。だが、少なくともお前への見方は変わった。見かけに依らずの家族思いだってな」

そう。双方、暗闇の中でもがいて苦しんでいた。
凌牙は憎しみに、Wは家族が変貌した絶望に、滅茶苦茶になる程苦しんだ。そんな中でもWは例え捨て駒になろうとも家族を思っていた。そのWの気持ちは、凌牙の中に強く残っている。

目を開き、凌牙はWの眸へと目線を上げ、お互い見つめ合う形になった。以前では睨み合いになった関係も、今は違う。

「凌牙?」

「お前を乗り越えて、俺は強くなれたんだ」

「……そうか。俺も、凌牙とのデュエルは好きでしたよ」

「猫被るな。はぁ……嬉しそうな顔しやがって」

暗にWを負かしたことを言えば、穏やかな声音でさらりと躱された。

「本当の事だからな。お前との時間を共有出来たのは、デュエルくらいだったじゃないかよ。正直物足りない」

真剣な声で、目で、Wが言う。確かにその通りだが、彼の目に映るのは友愛ではなく、好いた人間に向けるような感情だった。
困惑するよりも、自然と受けとめてしまう自分がいる。

「また……会えばいいだろ」

「ふふ、耳まで真っ赤ですよ。ってのは置いておいて、暫く家族で過ごす事になってな……シティを離れる予定なんだ」

会えなくなるな、とWが凌牙の髪を一房掬いそこへ唇を寄せる。Wの声は擦れて寂しさが垣間見えた。

もしかしたら、Wとの糸だけがこんなに歪で蝶々結びの上から何度も結び直されているのは、彼の心情を表しているのかもしれない。

「W」

直感的にそれが正解なんじゃないかと、思考しながら凌牙は琥珀色の糸が巻かれた小指をWへと突き出して。

「指切りするから早くしろ」

「指切り?」

「また会いにくるって約束しとけばいいだろ」

嘘ついて来なかったら、キスされたって璃緒にちくる。
口元を吊り上げ言うとWはこめかみをひくつかせ、破れねぇなソレ、と言ってから漸く普段通りの加虐的な笑い方を見せた。

Wの小指が、凌牙の小指と絡まる。Wの小指にもしっかりと琥珀色の糸が結ばれているのを見ながら微かに笑う。

「約束破んなよ」

「もちろん」



琥珀色の糸はWに辿り着いた。




人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -