高等部には優秀な生徒がいるという噂を聞いたのは定期試験が終わった後だった。昼休みに中等部へ乗り込んできたWがデッキを広げながら、全国模試で十位以内のいけ好かない奴、と言っていた生徒の話を曖昧な相槌で流す。

「へぇ てめぇと違って優秀なんだな」

「は?俺はいいんだよ。特定の奴以外の前なら、イイコでいられるし――私は皆に頼りにされているんですから……これ以上の光栄はありません」

「W。……次に俺の前でンな気味悪い話し方したらミハエルに嘘泣きでありもしない事を言ってやるぜ」

「チッ」

盛大に舌打ちをするアークライト家次男は、身内に叱られるのに弱いのは把握済みだ。牛乳パックを飲みながら俺がにやりと笑うと、赤い眸を三角にさせてWは不機嫌にデッキをシャッフルした。

「全く、今日はツいてねぇ。教師の手伝いなんざ受けるんじゃなかった」

「優等生くらい大人しく演じろ」

「帰りに色々寄り道出来ないのが嫌なんだよ」

紅茶を飲みに寄りたかったのに、とぶつぶつ言うWに、内心安堵の息をはいた。
よし、今日コイツは俺のバイト先に来れない。接客中、Wにじっと見られるのが冷や冷やして仕方なかったが来れないと分かった瞬間、それだけで俺の気分は晴れ晴れとする。

「精々頑張ってこき使われてこいよ、アークライト先輩」

「……、その言い方、ずるいよな」

「あ?」

「いや、何でもない。 それにしても、天城カイトの奴本当にいけ好かねー」

「天城カイト、誰だよ」

「全国模試十位以内の優等生様」


てんじょう、かいと。
口に出したその名前は直ぐに頭の隅に隠れた。


*

午後の眠たい授業が終わると、例のごとく少女らしい服装に着替え裏門から小走りに学校を後にした。
制服姿の男子中学生が人通りの多めの通りから喫茶店の裏口に入るより、女の私服の方が顔も憶えられないし行動し易い。自尊心とやらは……虫の息だが仕方ない。

「ありがとうございました」

ご馳走様!と言いながら女子高生一組が会計を済ませ店から消えると、客足が漸く一区切りついた。ふ、と肩の力が抜ける。最近はアークライト兄弟の事もあり一層疲れやすくなっているのかもしれない。

「凌牙、クリスが蜜柑のゼリーを用意しているよ。少し休憩しておいで」

「マスター……、」

白いカップを拭きながら、マスターが「眉間に皺」と言い笑う。無意識に顔に出てしまったのだろう、眉間を擦りながら俺はマスターの言葉に甘えることにした。
甘いものでも食べて、一旦落ち着くべきだ。

くるりと踵を返し厨房へ行こうとした時、背後の入り口の扉のベルがチリン、と鳴った。
休憩は延期だねぇ、と苦笑するマスターに頷き、小さく嘆息し扉の方へ俺は視線を向ける。

「いらっしゃいま、せ……一名様で?」

「ああ」

控えめに閉まる扉の前には、出来ればバイト先では見たくなかった俺が通う高等部の制服を着た男子高校生が居た。姿勢がいいのか、立ち姿が一枚の絵のように様なっているのだからその存在がよく目立つ。

一瞬、言葉に詰まったのは予想外の事態に脳の処理が追い付かなかったからだ。同校と言うだけで拒否反応が出るから、仕方ない。

「厨房に近い席がいいのだが、」

「え、はい……、こちらになります」

なんだその注文は厨房に近いとか意味が判らねぇよ!と内心酷い罵声の嵐だが、頼まれた通りに厨房が見えるカウンター席に案内し、メニューリストを手渡す。カウンター席なら、マスターが担当してくれる。

俺はひっそり逃げられる、と厨房の奥へと歩みを踏み出そうとした。案の定、その目論みは裏切られた訳だが。

「おや?カイトじゃないか。どうしたんだい」

「一週間振りだなバイロン。……クリスにこの場所は聞いていたから来てみたんだが、」

「カイト!」

俺の通行は、丁度顔を出した厨房の主によって見事に阻害された。厨房への入り口は狭い為、クリスが顔を覗かせてしまえば抜ける事はできない。
そこを退け!と厨房の主を睨むと、きょとんと俺を見てから、ああ、と何やら納得した顔で俺はクリスに何故だか手を引かれた。

「『神代』、紹介し忘れていたな。彼が私の家庭教師での教え子、天城カイトだよ」

「え、は……おい?」

「そしてカイト、この子は『神代』(かじろ)。この喫茶店で働いてくれている唯一のウェイトレスだ」

「……、『神代』です、天城さん。お二人にはお世話になって、ます」

「カイトでいい。顔色が悪そうだが、大丈夫か?」

カイト。天城、カイト。
あのアークライト次男がいけすかない優等生と称していた高等部の男子生徒。聞き流した話の筈が、おかしな所で繋がってしまった。

カイトに指摘された通り、俺は酷い顔色なのだろう。正直言って容量オーバーもいいところだ。
それにコイツは、高等部じゃWと同じく注目を浴びている生徒らしい。凛とした容姿もさることながら成績も宜しい。こんな奴にバレたら……考えたくもない。

「すみません、少し貧血気味なだけですので」

「それは大丈夫なのか?準備中の札は私が出しておくから、君は休憩室で休んでおきなさい」

「クリス、ありがとう。では、先に休憩いただきます」

目を丸くするアークライト家には悪いが、俺にはこの空間に耐えられる自信はない。
上司は良い人なのに客で四苦八苦する。バイト先を変えたいと切実に思ってしまった。




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