「家庭教師?」

来客が途絶えたのを見計らい休憩時間に入ると、クリスが試食品のアップルパイをつつきながら「最近、家庭教師を始めた」と話題を振ってきた。
林檎の食感に内心で二重丸を付けていたが、クリスが放ったその話に俺は思わず聞き返す。

確かに、クリスは博識であるし説明も解りやすい。適職であるかといえば合っているが……、彼は一を訊けば十の答を返すような人間なのだ。勉学なんてものを教えるとなれば尚更、専門的な所まで深く解説してくるだろう。それに着いてこれるだけの人間に家庭教師としてついている、俺からしてみればクリスが家庭教師をするよりも教わっている側の方が驚きだった。

「店が終わって時間が空いた時にな」

「へぇ。家が近いのか?」

「それもあるが、親同士が友人関係というのもあって昔から私に懐いてくれていたんだよ」

「昔から……」

つまりは昔からクリスに着いてこれていたって事か。
こんなことを口には出さないが、顔も知らないクリスの教え子に僅かな尊敬や同情を抱いた。コイツの幼い時期だとか台所に立っているか、化学式を永遠解いているようなイメージくらいしか浮かばない。

さくりとしたパイ生地を頬張り、教え子は猛者だな、と一人頷いていると不意にクリスが目を瞬かせ何かを思い出したように俺の名前を呼んだ。

「そう言えば凌牙、君の学校は中高一貫だっただろうか」

「そうだけど……何だよ唐突に」

「いや、あの子も中高一貫の学校へ通っていると言っていたのを思い出しただけだ。まさか凌牙と同じ学校だという事はないと思うが、近いうちに此処に洋菓子を食べに来たいらしい。――一応、来る事を教えておこうと思ってね」

「……」

男だとばれない様に仕事中は慎重に接客をしているからばれた事はないが、何故だかクリスの言葉に背筋が寒くなった。
例えるなら、トーマスとミハエルが店に来たときと同じ冷や汗をかく嫌な感覚。

「ああ……頭の隅に憶えてはおく」

この時はこんな何気ないやり取りが後々フラグだったなんて誰が気付けたか。
何故俺はアップルパイをのうのうと口に運んでいたのだろう、判っていたら何が何でも避けようとしたのに。




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