「本当にありえねぇ」

「あー……おう」

例のごとく明里姉さんから借りていた洋服を遊馬に押し付け返しに来た帰り際、先日の出来事をつい話してしまった。
……ぶちまけられるのがこの後輩しかいないのだから、仕方ない上にもどかしい。
Wの動向に嫌な予感しかしねぇ……、と眉間を抑えると遊馬は頬を引きつらせた。

「この学校の生徒ならまだしも、一番会いたくなかった奴だ――もしバレたら俺は……」

「おおお……落ち着けってば!シャーク、どうどう!」

「いや、落ち着いてるぜ。ただどうWの奴を対処するか考えるだけで眩暈がするだけだ」

「追い詰められてる!」

無理するなよ、と遊馬が慌てているが、こちらはそれどころじゃない。
不本意だが、俺ではない別人を演じられるあの喫茶店は常に嫌なフラグが乱立する場所になってしまったのだから。



「遊馬!あれ、凌牙?どうしたの?」

「!」

「おわ、ミハエル!?」

噂をすればなんとやら。
背後から同クラスの、丁度話していた兄弟片方の明るい声が飛んできた。ひくん、とらしくなく過剰に肩が跳ねてしまう。

「?どうしたの、二人とも」

兄弟の片方――ミハエルが首をかしげエメラルドの瞳を瞬かせる。俺は即座に慌てる遊馬へ黙ってろ、と一睨みを送り口を閉じさせ、ミハエルへと向き直る。
……もし遊馬が口を滑らせでもしたら、デュエルでえげつなく負かしてやろうと思案しながら。

「俺はコイツに借りてたモンを返しに来ただけだぜ ミハエル、お前こそ二年のクラスまでどうしたんだよ」

またWが高等部から遊びにでも来やがったから逃げてきたのか?と、あの男の神出鬼没具合を話題にすれば、ミハエルは渇いた笑いを返す。
スカートやらが畳んで入っている紙袋を急いで遊馬が隠し終わるのを横目で確認し、小さく安堵をした。

「今日は乗り込んで来ていないよ、多分ね」

「え、高等部からWの奴来るのか?」

「あー、うん。兄さま暇なのが嫌いだから、たまに」

「……あいつの話はもういい。それよりミハエルは遊馬に会いに来たんだろ」

「あはは。凌牙は相変わらずトーマス兄さまが苦手だね」

「うるせぇ」

鬱陶しげに視線を逸らすと、遊馬とミハエルは俺の見慣れた仕草に顔を見合わせ苦笑いをした。大方、ミハエルは放課後に遊馬と遊べるか予定を訊きに来たんだろう。


「そういえば、最近父様が経営してるお店でウェイトレスさんに会ったんだけど、」

「へ、えっ?」

「……」

俺には関係のない事だからと、さっさと教室に戻ろうとした身体はミハエルが思い出したかのように零す話題の所為でぴたりと止められてしまったが。
声を裏返した遊馬に変な事は言うなよ、と再度目で制するとぎこちなく頷かれる。

「綺麗で可愛らしい人って言ったら、珍しくトーマス兄さまも頷いてくれたんだよ。あのトーマス兄さまが!って僕吃驚しちゃった」

「え、マジで!?」

「?うん。とうとう兄さまにも春が来たのかな」

「あー。それは、どうだろ……な、シャーク」

しどろもどろな視線で、遊馬が俺へ助け船を要求してくる。時折どうしようアストラルー!と小声で叫んでいるが、こっちはそれに何か言えるところじゃない。

俺ではない俺を可愛いだの何だのと話すアークライト兄弟に、頭痛と同時に顔に熱が集まってしまう。
……兎も角、今の俺に言えるのは一言だけだ。

「俺に、訊くな」

これに尽きる。




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