「ご注文は以上ですね?」

カリカリと伝票を書き終え接客スマイルで問い掛けると、大学生風の客ははっとした後に若干おどおどとなりつつも俺を見ながら頷いた。
最近訪れるようになったこの男は、口数は少ないが何時も注文を取りに行くと決まって珈琲と軽食を頼んでいく。ふと、この客は俺がいない日は何を頼んでいるのかマスターに訊いた際、男は俺がバイトに居ない日は来ていないそうだ。
偶々来る日と俺のバイトの日が重なっているのか、と呟けば何故かマスターは困った風に眉を下げていた。

『お客さんが増えるのは喜ばしい事なんだけどねぇ……』

その時のマスターはどこか歯切れ悪く言い、黙って俺の頭を撫でた。何か悩みでもあるのだろうか、と首を傾げたが話を聴いていたらしいクリスが、すまない、と申し訳なさそうにマスターを呼んだので詳しい話は聞けず終いで。

矢張り三児の父親は大変なのだろうか、なんて考えながら少しでもマスターとクリスの負担を減らそうと今日もいそいそとバイトに励む。
注文を取った大学生風の客へサンドイッチと挽きたての珈琲を運べば、彼は運ばれた品と俺の姿をじっと見つめていた。熱心と言うのか、何処と無くまとわりつくかのような視線に違和感を感じつつ、トレイを片手に厨房へ下がる。
何とも妙な視線だが、どこぞの次男坊や厨房主の教え子みたいに鋭くひやりとなるものではないからか、俺は引っ掛かりを覚えながらも受け流すのだった。

「……」

そんな様子を鋭い眼差しで見ていた次男坊がいることを忘れて。


「げっ」

思わず小声になり後ずさったのは、次の週末のバイトでだった。足繁く通い、俺のバイト日時の日と此処へ来る日が被っているらしい男からの注文を取った後。出来立てのミートパイと珈琲をトレイに乗せ、男の座る席を見ると予想外の奴が相席をしていた。

「何でWがいるんだ」

いや、居るのは知っていたが、てっきり何時もの奥の席で時間を潰しているものとばかり思っていた。
いつの間に男と会話をする仲になっていたのか、それ以前にどうして会話をしているだけだろうにWはあんなにどす黒い気配を漂わせているのか疑問は尽きない。
相手をしている男も恐々と顔を青ざめていた。おい、W。猫被り紳士面はどこいった。

「……お客様、ご注文の品をお持ちしました」

兎も角、だ。
ここでは俺は『神代』であり神代凌牙でない。学校で嫌というくらい見知った顔も、此処では僅かな会話を交わすだけの仲。そう、相席の片方がエベレスト級に苦手な次男坊だとしても。

「ああ、頼んでたもんが来ちまったか。……まァ、俺が言った事しっかり覚えておいた方が良いぜ、オニーサン」

俺を視界にいると、Wが会話を切り上げ席を立つ。その声には優しさの欠片もない、刃物で刺すかのような鋭いものがあった。おまけに顔も無表情に近い。ー―見た目顔の良い奴の無表情ほど、恐ろしい絵面もそうそうない。

「そうだ。『神代』」

「あ、え。……はい?」

「好きな相手をねっとりと、ずーっと見ているだけの、ストーカー予備軍な男ってどう思う」

「嫌……です、ね」

それはお前の事か?と、言わなかった自分を褒めてやりたい。
僅かに苦笑いをし、否を示せばWはにんやりと口を吊り上げた。デュエル中に相手が自分の策に嵌まった時と同じ、愉快で堪らないといった苛立つ顔で。

「だそうだ。あー、あと盗撮ってのも犯罪だよなァ?」

「まあ、」

男が息を詰めた。俺が頷いたと同時に、Wは掌に持ってたらしい小さな記憶媒体のチップを小気味良い音をたてて二つに折った。大学生風の男は小さく悲鳴を上げ、より一層縮こまった。
まるで脅しの現場でも見てしまったような錯覚に陥るが、話が見えない俺には何が何だかさっぱりだ。

「トーマス、さん。他のお客様にご迷惑を掛けますとマスターに怒られますよ」

呆れた声で言うと、Wはケラケラと笑う。

「安心しろ。『客』に迷惑は掛けてないぜ」

「?」

赤い目を細ませそう言い切ったWは男を一瞥し、何時もの席へ戻っていった。
Wが絡んだ翌週以降、大学生風の男はぱたりと来なくなり。
マスターにWとの出来事を話しても、まあ仕方がないよ、と曖昧にはぐらかされ俺一人が納得がいかない気分になった。


*
惚れられて盗撮されていたという話


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