「ハーブティー、ですか」

「お客さんに勧められてね。淹れ方や種類とか色々研究中なんだよ」

いくら効能があっても、美味しく飲めなければ嬉しくないしねぇ。とマスターは朗らかに笑いながら、ティーカップに得意の紅茶をとくとくと注ぐ。
だから棚の茶葉瓶が増えたのかと納得しつつ、俺は琥珀色の液体から上がる湯気を眺めていた。マスターならきっと飲み手を選びがちなハーブティー類も美味しい淹れ方をしてくれるのだろう。
マスターの淹れる紅茶や珈琲は、とても美味しいと世辞無しに言える。沢山の茶葉や豆を名前だけでなくどのような味で、どんな香りか、メニュー表に分かりやすく明記しそれらを美味しく淹れてくれるのだから凄い。

茶葉と豆の知識へ更にハーブ類の知識を入れると意気込むマスターの勤勉さを、少しでいいからアークライト兄弟の次男に分けてやりたいと、切に願ってしまう。
俺がそう願うのも、Wの奴が今日も高等部から俺のクラスへ暇をつぶしにきたからだ。デュエルをけしかけられ、貴重な昼休みと弁当のだし巻き卵を奴に奪われてしまった。思い出すだけで腹が立つ。マスターの爪の垢を煎じて飲ませてやるべきかと、本日、ウェイトレスの服を着てからずっと考えるくらいには悩んでいた。

「はい、出来た。あ、これはカイトからのオーダーかい?」

「そうですね」

問い掛けに頷く。紅茶とクッキーのセットを頼んだ、奥まった席で一人参考書を広げている男、同じ学園の高等部に属している天城カイト。
ちらりと視線をやったが、カイトは熱心にペンを動かすだけで此方には気付かない。
……それにしても。クリスと話しているときは子供らしくなるが、ああしてひっそりと思案している横顔は落ち着いた大人に見える。
Wも、時々ここに来て物思いに耽っている姿は今のカイトの様に見えなくもないが、大人と言うには俺のプライドが許さない。
まあ。どちらも黙れば絵になる程の出立ちなんだと、ぼんやりそんなくだらない考えを流した。


「……ふふ。『神代』さん、カイトを苦手みたいだけど、嫌いじゃないだろう」
ふと、マスターが笑いを溢す。矢張り、見つかってしまったのだろう。
カタン、とソーサーの上に紅茶が入ったカップを子盆に乗せ、同じく頼まれていたクッキーの数を見たマスターが楽しそうに俺を見つめてきた。

「クッキーが少しだけ多めだね」

「すみません……」

マスターにカイトが嫌いだ苦手だ云々に対し訂正をしたい気持ちもあったが、何より先に俺は頭を下げた。

カイトへ出す予定のクッキーだが、二枚ほど枚数を多くしてしまっていた。店で介抱してくれた件や学校で傘を借りた事、――片方は神代凌牙であって『神代』のことではなかったが、心の内では両方への礼をしたかったのだ。
クリスは構わないと言いながらヒヨコ型のクッキーを二枚足してくれたが、マスターへ伝えないままだったのは俺の不注意で。突き詰めてしまえば足してくれないかと頼んだ俺が、矢張り悪い。

下げた頭の上に影がかかる。マスターに怒られると肩を震わせた俺へと降ってきたのは、温かい掌だった。

「別に怒っていないよ。厨房担当のクリスが良いと言ったんだろうし、――素直にお礼を言える切っ掛けは大切だから」

「――っ。ありがとうございます」

髪が乱れない程度に撫でられ、心の中が温かくなる。
さあ行っておいで、と背中を押すマスターの顔はVやWがふと見せる自然な笑顔とそっくりで、何故だか擽ったかった。


「カイト、さん。ご注文の品をお持ちしました」

渾身の対営業スマイルで、名前を呼ぶ。すると参考書とルーズリーフを行き来するペン先がぴたりと止まり、勢い良く水晶の様な双眸と視線がかち合った。勢いをつけるな、ビビるだろ。

「『神代』か。……、待ってくれ。今片付ける」

弱冠、渾身の営業スマイルが引きつったが、さっとカイトの方から視線を外したので気付きはしなかったようだ。
内心俺が安堵のため息を吐いた事など知らないカイトは、てきぱきとテーブルの上を片付ける。几帳面な文字が綴られたルーズリーフと参考書を鞄に入れ終えれば、俺へ顔を向けてきた。
……目だけでいいぞ、と言われた気がしなくもない。
神代凌牙なら口で言え!と噛み付いていただろう。不本意に思うが、今は仕事中だ。言葉を押し込め、トレイを持つ腕を下げた。

「紅茶とクッキーのセットです。……あの、」

「『神代』?」

そっとカップが乗るソーサーとクッキーの小皿を卓上に置き終え、礼の言葉を言おうとしたが、らしくなく声が震えた。羞恥で頭が真っ白になりかけたが、今の俺は只の喫茶店のウェイトレスだと虚しく思いながら言い聞かせ正気を得る。丸いトレイを抱え縁を強く掴み、不思議そうに俺の名を呼ぶカイトを見据えた。

「そのクッキー、普通のより少し多めなんです。えっと、この間のお礼……です」

カイトが目を丸くした。
生真面目な優等生と言われているには随分とらしくない表情だ。

「礼、か」

「……カイトさん?」

「――いや。最近、礼をよくされると驚いただけだ。 そう言えば、アイツも『神代』と同じ澄んだ青色の目をしていたな」

「!? あの、すみません、お……私厨房の手伝いをしないといけないので!」

嫌な予感が背筋を駆けた。
これは間違いなく神代凌牙の事だと第六感が告げている。嫌な時ばかりよく当たる俺のシックスセンスは侮れない。
随分唐突な撤退台詞だったが、気に掛けてなどいられるか!
俺、と言いかけた一人称を無理矢理に直し、急いでウェイトレスらしい顔を作る。

「マスターの紅茶、淹れたての内に召し上がって下さい、とても美味しいですから。あと、クッキーも勉強の息抜きに」

兎に角、跡を濁さない言葉をつらつらと述べて、逃げた。

「……息抜きに、な」

二羽のくちばしを突き合わせたヒヨコ型のクッキーを前にしたカイトが微かに柔らかく笑んだの、を厨房に逃げる瞬間、確かに俺は目にした。
あんな顔もできるのか、と俺が暫く驚いた位には珍しい表情だった。



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