最悪だ。
雨が叩きつけるように降りしきる空を仰ぎ、俺は思い切り顔を顰める。


雨だからと屋内での競技に変更になった体育をサボったのが、ことの始まりだった。屋上付近の階段でうつらと舟を漕いでいた所を見回りの教師に見付かり、サボるくらいなら高等部まで遊びに行ってこい、とにこやかに書類を持たされどうしてか使い走りにされてしまって。
普通叱るんじゃないのか、と悪態をつけば、そんなノリじゃねぇんだよなーと笑い飛ばされ、残り数十分だった授業時間は高等部への移動に消えた。
書類と言っても分厚い茶封筒一つ。高等部職員へ渡せば良いと言われたそれを小脇に抱え屋上付近から一階にある出入口まで降りてくれば、重要な問題を見落としていた事に気付き冒頭に至る。

中等部から高等部への扉までは石畳が敷き詰められた道があるが、そこには雨避けの屋根はない。花壇が整備され、晴れている日ならば公園の散歩道の様な所だが今は生憎の雨模様だ。
ここまできて、昇降口から傘を取ってくる事をすっかり忘れていた俺自身の失態に悔しくなる。

「ちっ、仕方ないか」

サボりを見付かった手前、書類届けを投げ出すのをあのノリだけで生きてる様な教師は見逃してくれないだろう。面倒だが、一旦昇降口に引き返し傘を取ってくるべきか、と降り続く雨を見て溜め息を吐いた。しかし携帯の時計を確認すれば次の授業のこともあり、戻っている暇はない。抜けようにも微妙に距離があるため制服共々濡れてしまうのは避けられない、が、背に腹は変えられない。
封筒を濡れないよう胸元で抱えると、俺は一気に高等部の出入口まで駆け抜けた。


休日や学校生活での雨は嫌いだが、あのバイト先にいる時の雨は嫌いではない。雨が降れば客足がいつもより少なく、表情筋を多用せずに済む。
濡れてしまった髪を多少後ろへ流しつつ雫を払う。ふと、今日店は暇なんだろう思っていれば雨足が強くなった気がした。……本当にバイト中に降って欲しかった。何故今日はシフトが入ってないんだ俺。

うなだれつつ、なんとか高等部まで走りぬけ傘なら職員室で借りればいいだろうと、どんよりしながら廊下を進めば高等部の昇降口に出た。職員室は確か此処の正面階段を上がって直ぐだ。
濡れた身体は寒さを訴えるが、どうにかできる術はない。
兎に角早めに届けようと昇降口まで歩いた、その時。

「おい。ここは高等部だぞ」

「あ?……!」

正面階段の方から鋭い声が投げ付けられたかと思えば、声の主に俺の目は円く見開かれた。
煩ぇよこっちは頼まれて来たんだ文句あるのか、と悪態を吐きそうだった声も引っ込むくらいに。

「天城、カイト……」

思わず階段から下りてくる優等生の名を口にすれば、数日前の喫茶店でのやりとりがフラッシュバックする。……否。あの場にいたのは今の俺ではない、今はただの中等部生の神代凌牙だ。初対面のフリをしてさっさと離れるべきだ。
逃げる策をフル回転で捜し出し、きゅ、と唇を引き締める。

「貴様、中等部生か。こっちに何か用か?」

「……、ゴーシュいや、学年指導から書類を渡すよう頼まれて、来た」

「書類。お前が抱えているソレを?」

「ああ」

茶封筒をカイトに差し出すと、鋭い目付きは不思議そうな色を宿す。茶封筒と俺を交互に見てくるものだから、ジリジリと精神が削られる気がした。一体何がコイツの興味を惹いたのか、居心地が悪いまま俺はカイトから目を逸らす。

「この書類は……俺がちょうど今中等部へ取りに行く予定だった物だ」

「は?」

「……ゴーシュの奴、忘れたのか……。すまない、お前が此方まで届ける必要は無かったものだったんだが、手違いがあったのだろう」

「……」

気の毒さを混ぜたカイトの声に、あのノリで生きる教師へ渾身の蹴りを入れたい気分になった。
無駄足だった上に、カイトに会うという嫌な状況に、目も据わりそうだ。胃の辺りが痛む。

「用が済んだなら、俺は戻る」

「待て」

もう渡すものも渡したのだから、早々に帰りたかった。教室に戻りVに愚痴を吐きたい、そう強く願っているとカイトに引き留められる。

俺が振り返ると、此処で待っていろ、と言い奴は昇降口へカツカツと歩き姿を消す。

「――届けてくれた礼だ」

少しすると、一本の紺色の傘を持ったカイトがそれを俺へぶっきらぼうに突き出してきた。目を瞬き受け取ると、漸く無表情に近かったカイトの表情が微かに和らぐ。
コイツの性格的に、借りを作るのは嫌いなんだろう。

「傘、無くて平気なのかよ」

「折り畳みの予備がある。お前……ああまだ名前を訊いてないな。俺は、」

「天城カイトだろ。俺は、神代、凌牙だ」

「……神代、凌牙か。では凌牙が暇なときにでも傘立ての隅に返しておいてくれれば良い」

でも、も、だが、もそうした反論が出来る隙は無かった。傘の柄を握り、油断ならない奴だとそっとカイトを見やる。
折角の好意だ、傘は有り難く借りていく事にするが、学校以外でカイトにはあまり出会いたくはない……喫茶店には来るのだろうが。勘だが、コイツは絶対観察眼が鋭い奴だ。現に、俺が名乗った時、微かに目を見開いていた。

「分かった。借りていく」

「ああ、それとミハエルに宜しく言っておいてくれ」

「……」


本気で油断ならない。




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