「……、ん、」
ぼんやりとした意識が浮上する。どうやら天城カイトが来店した際に逃げ込んだ休憩室で本当に眠ってしまったようだ。
「!?」
なんて冷静に状況把握をしている場合じゃない!休憩時間を過ぎても寝ていた?
一バイトがそんな非常識な真似できる訳が無い。何といって謝ればいいのかだとか今は何時だだのと、ぐるぐると混乱した思考でなんとか気だるい身体を起こそうと、した。
「……起きたか?」
「! は?」
かたん、と椅子が動く音の方へ驚いて意識を向けると、休憩室の椅子に腰掛けこちらを見ている高等部の制服を着た金色に近いハニーブロンドの髪の、
「か、いと、さん?」
天城カイトがこちらを見ていた。
反射的にウェイトレスの『神代』(かじろ)での態度で名前を呼べた自分を誉めてやりたい。
どうしてテメェがここにいる。ウェイトレスの服装じゃなければ整ったカイトの顔に回し蹴りを入れていただろう。
発想が多少バイオレンスなのは俺が寝起きだからだ。
何故、と思いつつソファーから身体を起こしカイトを見上げる。俺の意を汲んだらしいカイトは無表情だった顔を微かに弛め、店は大丈夫だ、と一番気になっていた事を俺に教えた。
「休憩時間が過ぎても来ないからクリスが見に行くと、ぐっすりお前が眠っていたものだから起こす事に気が引けたらしい」
「……、タイムカード、は」
「早退で押してあるそうだ。バイロンから、ゆっくり休息をとれと言付かってる」
「そう、ですか。すみません……所で、何故カイトさんが此処に?」
マスターにもクリスにも気を遣わせてしまった。後で連絡して謝らなければ。額に手をあて小さくため息をつく。
そこではたと気付いた。何でコイツは従業員専用の部屋にいる?
自分でも引くくらいの作ったしおらしい声で問い掛けると、カイトは豆鉄砲でも食らったような顔になった。そんな人間味のある表情も一瞬で真面目なものに変わってしまったが。
「くまが、」
「くま?」
「いや、『神代』を起こしに行くときに俺もクリスに付いて来ていたんだ。 お前は身動きひとつせず眠っていて……目の下に薄ら隈があった」
「?はぁ、」
カイトが立ち上がり俺の前に立つ。言葉を選ぶ傍ら、カイトの掌が静かに頬へ触れてくる。くま、ってそっちの隈か。
見た目にそぐわず温かい体温だ。寝起きの所為だろう、暖かいものに身体は無意識に惹かれる。
カイトの掌をそのままに、どうしたと見返せば触れていた指の腹が俺の眼の下を撫でた。
「それが酷く、気になった。だからバイロンに頼んで、お前が起きるまで此処に居させてもらっていた」
「……」
「俺が来てすぐに顔色が悪くなったようだったから、余計な負担を与えたんじゃないかと言う考えが消えなくてな」
俺は男だが、仮に女の従業員と男子高校生を一つの部屋に居させるのはどうなのかとは思ったが、生真面目そうなコイツなら万が一は無いと思ったのだろうか。……まあ、万が一は無いからいいが。
確かに、最近色々とアクシデントが重なったから疲れ気味ではあった。
それは何もカイト一人の所為じゃないんだが、コイツは自分が来た事も俺に負担をかけたんじゃないかと感じているらしい。
「大丈夫です、体調管理が出来ていなかった自分が悪いので。……カイトさんの所為ではないです」
そっとカイトの手を離して、営業中の笑顔を向けて言う。カイトはそんな俺の表情に微かに両の眼を見開く。
敬語は時に壁を作るというが、成る程効果的だ。
「マスターはカウンターにいますか?」
「……、ああ」
「だったら謝ってから帰ります。ここで起きるまで待っていてくれて、ありがとうございました」
「――」
「え?」
「いいや、何でもない。まだ身体が怠そうだ、カウンターまで送ろう」
じっと俺を見るカイトと視線が交わる。僅かに開く奴の口元が何やら言葉を紡いだが、緩く首を振られ結局カイトは帰ってしまい判らずに終わった。
「……何処かで見た記憶のある、青い目だ」
俺の知らない所で話は進む。