「神代の家に書類渡しに行くの、俺にさせろ」

「……うん?」

出張から帰った翌日、職員室の戸を引こうと指を掛けたと同時に名前を呼ばれ振り向けば学年委員の長を務める生徒の姿。右京が声をかけるより先に生徒から話を振られた。
じと、と彼の鋭い視線は生徒も教師も関係なく突き刺す勢いで見てくるのだが、今日は何時にも増して鋭利かもしれない。
そんな彼、カイトは先の言葉を泰然と放つ。思わず聞き間違いかと右京が首をひねるくらいに、有無を言わせぬ声だった。

「ああ、この間は有り難う。……で、君がそんな事言うだなんて、あの子となにかあったのかい」

「無いな。ばったり門前で鉢合わせて怯えられて、家に逃げ込まれたくらいだ」

「あはは、それはまたタイミングが悪かったね」

急に見知らぬ人間に、ましてやカイトの様な鋭い目をした人に見られてしまい、さぞかし凌牙は混乱しただろう。カイトの口振りから接触をすり抜けはしたようだが、感情が不安定になっていないか右京は気になった。

「だからだ」

「え?」

「神代凌牙は臆病になってる。俺からみた勝手な推測だが、アイツは他人が判らなくて怯えていたんだろう。相手が判らなくなっていく感覚を怖がって、自分の安全だと思う場所にしゃがみ込む。……別に俺はそれを否定しようだとか思わないがな」

「……」

「ただアイツが安全だと思う場所を増やしてやろうとも思った。――まあ、俺を見て怯えたからアイツの目にまた俺の姿を映してやりたいのもあるが」

そうカイトが若干苦々しげに締めくくると右京は小さく噴き出してしまう。大人びた、他人にあまり関心を寄せない生徒だとばかりカイトを評価していたが、彼なりの子供らしさがあったようだ。それに凌牙との相性は(一方的にかもしれないが)合う方なのかもしれない。

「もしかしなくても後半部分が本音だね。――うん、君さえよければお願いしようかな」

ああ。と満足げに頷き、また放課後に書類を取りに行く旨を右京に言うとカイトは迷いのない足取りで曲がり角に消えた。


「さて、と」

そして、右京に仕事がひとつ出来上がる。
若いっていいなあ、と一人ごちしつつ職員室の横の資料室に入る。比較的静かな室内で携帯を取り出し電話帳を開くと見慣れた一件の番号にかけた。
数回のコール音の後、聞き慣れた声が耳に届く。

「おはよう、神代くん」

『……ああ』

「急にすまないね。――この間、教師じゃない子が君の家に来ただろう?驚かせてしまって悪かった、僕が出張でどうしようもなくて」

『……っ。特に気にしてない』

カイトの話を出した途端にスピーカーの向こうで凌牙が固まったのが分かったが、本人が否定するのならと右京は気付かないフリで朗らかに良かった、と相槌を打つ。

「彼、天城カイト君って名前なんだけど、怖く感じた?」

『話してないからどうとも……、苦手だとは、思ったが』

「はは、そうかい。そうだなあ、気は強いかもしれないけど……天城君ならきっと誰より君を判ってくれるよ」

確信があった。カイトが考察した凌牙の心理も右京が思うかぎり本人の心と多少のズレはあってもぼんやりとした形は合っているような気がしたのだ。

「君は苦手なのかもしれないが、天城君は神代君に会いたいって言っているんだ。今日、この間彼が渡した書類を取りに行ってくれるみたいでね」

『来る、のか、』

細切れになる声に迷いが混ざっている。

「天城君は行く気満々だったよ。だけど、どうしてもって時は嫌なら嫌だと口にする勇気も必要だ。……そう感じたら素直に言うんだよ。ああ、でも、少しだけでも彼に会ってあげてくれたら僕は嬉しいな」

『わか、った』

「神代君、彼は大丈夫だよ」

触れても君は傷つかない、天城君はその境目を見極めてくれる。
凌牙からの返答は無かった。が、右京の声はしっかり聞いてくれた筈だ。
それじゃあ、とこちらの返事で切れた電話に教諭である男は強引過ぎだったかと頭を掻いた。
何事も始まって見なければわからないのだが。





 

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -