「アイツは、Wは、俺が人間不信で疑心暗鬼になった原因なんだよ。……二年の後半辺りから、Wと俺の関係に互いの認識のズレが出来てきた」
「あの男、Wと言うのか」
「ああ。それまでは仲が良い方だったんだぜ。 でも、あの頃からWが俺に向ける言葉が歪んできた。アイツは顔を顰める俺の反応を見るのが、好き、だったんだろう」
好きな子ほど苛めたい。そんな一文が過ったが、当時の凌牙の精神状態はそんな甘いものではなかったようだ。
Wが向けた好意の大きさや形が凌牙には受け入れられなかった。
……Wの独占欲が暴走した結果、凌牙は心が脆くなってしまって。
「……、勝手にキスをした俺が言えた義理ではないが、凌牙を傷付ける程の加虐趣味はないぞ」
「ンなこととっくに解ってるぜ。――でも、こうやってカイトの言葉を聞くまで、何処かでお前もWと同じじゃねェかと怯えていたのも本当だ」
似ているだろうか。いや、確かに凌牙へ好意を向けている所は同じかもしれないが。
眉を寄せたカイトへと、申し訳なさそうに凌牙は言葉を続ける。
「でも、そうじゃなかったんだって今更だけど理解出来た。カイトはストレートに、感情を、ぶつけやがる、し……」
徐々に自分の発言に気恥ずかしさを覚えたようで、後半は消え入りそうな声になっていく。そして何やら呻きながら、俯いてしまった。
「フッ。まだ話したい事があるんだろう?」
ぐう、と言葉を詰まらせる凌牙へ意地悪く問い詰めながらカイトはじっと彼の話し出す時を待つ。
凌牙がWとの溝をどうにか良い方へ修正したいと思っている事など、火を見るより明らかだ。
「っ、それに、いくら追い詰められていたからって、俺がWから逃げたのは……アイツに悪かったと思ってる」
「ああ」
絞りだす彼の言葉に、静かに相槌をうつ。
辛かった時に逃げる事だって一つの防衛法だ。逃げを選択した凌牙が正しいのかそれは凌牙自身が判断するのだろうからカイトは何も言えないが……ただ、今の彼ならば逃げる以外の選択肢を取れるだろう。
僅かに逡巡の後、凌牙は落ち着かせるように深く息をはいて。
「もう少し、俺が以前の俺のように調子を取り戻したら、Wと話したい」
「最悪、傷付くのはお前なんだぞ」
「そうかもな。それでも、話をしなくちゃならないんだよ。 確かにまだお前以外の他人だって怖いと思うし、恐怖感で息ができなくなったりもするけど、俺はカイトに救われたんだ。……そんな存在がいるんだから俺は平気だぜ」
繋いだ手へ凌牙は大丈夫だという意味も込め、小さく握り返す。
ゆっくりとぎこちなく、けれど決して作り物ではない柔かな笑みで、凌牙がカイトの双眼にうつる。
「未だ、気付いたばかりだけどな、――俺はカイトが好きだ」
「っ」
息が止まりそうな程歓喜しそうになったのは初めてだった。求めていた言葉を、凌牙がくれた。その事実だけでカイトの胸は様々な感情が溢れ返ってしまう。
なんと返そうか考えるより早く、矢張り身体が先に動いてしまった。凌牙の頭と腰へ腕を回し、効果音が出そうな位に思い切り抱き締めていて。
「カ、イト」
「凌牙」
「……、なんだ」
「俺もお前が好きだぞ」
「――、おう」
どちらともなく優しい声音が零れた。
頷かれたと共に凌牙の手もカイトの背に回される。それが、更にカイトを嬉しく感じさせた。
雨が降り出しそうだった曇天はいつの間にか流れ、雲の切れ間に覗く青い空から、キラキラとした取り残された僅かな雨粒が日の光と一緒に落ちてくる。
晴れてきたな、とカイトが言えば、ふられなくて良かっただろ?とどちらに対しての応えなのか曖昧な台詞を凌牙が返す。
クスクスと凌牙の笑った気配に、カイトは穏やかに目を細めた。
カイトから注がれる温かな感情が凌牙の中で幾つもの光に変わり、まばゆい想いに雨が落ちる。
END
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