凌牙の自宅へ行くまでの道すがら、何度も赤目に傷を携えた男の言葉が思考を遮った。
カイトが知らない、彼等の過去とその関係。何があったのか知りたいと思うが、それよりも凌牙に会わなくては何も出来はしない。
……だからと言って無理強いはしたくはないのだ。これは確信だが、あの男について土足で遠慮なく訊こうとすれば確実に凌牙は混乱してしまう。会ったとだけは伝えようと思うが、その先は凌牙自身の判断に任せようと決めていた。
話してくれなくとも構わない。けれど少しでもあの怖がる原因を掬い取りたいと思うのは、多分カイトの我が儘で、しかし切実な気持ちなのだ。
少しの焦燥と、一つまみの嫉妬がくるりと心中で渦を巻いた。
インターホンへ人差し指を静かに置いたと同時に、カタン、と玄関のドアが開く。
「――、凌牙」
目を見開いたカイトの視線の先には、同じように目を見開き戸惑いを含んだ表情の凌牙がいて。
反射的に彼の名を呼んでしまったが、凌牙といえば視線を泳がせた後、何かを決意した双眸でカイトを見据えゆっくりと口を開いた。
「もう、お前は来ないだろうと思ってたぜ」
「……決め付けてくれるな」
「俺がお前の前から消えたとしても執着しないものだと認識してたけれど、違うのか?」
「未練、で終らせる気はない」
俺の性格くらい、知っているだろう。と笑みを形作り言えば、凌牙が仕方ないと肩を竦めてみせる。
その眸には先程の戸惑いは消え去っている。恐らく内心は先日の事で一杯一杯なのだろうが、以前と変わらない凌牙の対応にほっとしてしまう。
「我が強い、だろ」
「ああ、そうだ」
カイトのペースに巻き込まれると、中々抜け出せはしない。カイト自身のペースから離してやる気はないし、凌牙も今に限っては抵抗をしないで受け入れていた。
「凌牙。お前と、話がしたい。 この間の事も、今の俺の言葉も、聞いてくれたら嬉しい」
す、と笑みを引っ込め真剣な声で、真摯な視線で、藍色の宝石を見つめる。
言葉という形に出来ない想いを、どうにか声に乗せて彼に伝えたい。身勝手だと言われるだろうが、それでも、そうだとしてもサレンダーで終らせたくはなかった。
そんなカイトの姿に凌牙が息を呑んだのが分かる。夕闇色の澄んだ深い青に恐る恐るといった様子で見つめられ、分かっていたが苦笑が洩れてしまう。
「嫌、か?」
「っ、そうじゃねぇ」
慌てて首を左右に振られ、驚いただけだと付け加えられた。
「俺も、カイトと話したいと思ってたんだよ」
「――ああ」
凌牙の口から紡がれた名が酷く心地よく耳朶を打った。中で話す、と玄関の扉を開けてくれる凌牙にカイトは目を細める。
彼の言葉は独断専行なカイトの言動を良い意味でやんわりと歯止めをかけてしまう。
それがとても新鮮で、心の裡では嬉しくて仕方なくなっていく。
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