もどかしさを感じながらも授業時間が終了を告げると、カイトは雑談を交わすクラスメイトのやり取りに紛れホームルームからひっそり抜け出した。
人の居ない昼下がりの昇降口は静まり返っているはずなのだが、矢張り生徒達の賑やかさのある気配を含んでいる。凌牙と来た時とは違った昇降口の空気に思わず眉間に皺を寄せてしまった。伽藍とした中にぱたぱたと擦れる彼が履いていたスリッパの音がまた聞きたいと、靴に履き替えながら片隅で思う。

校舎を出てしまえば日没が長くなった所為か、明るい西日がカイトの影をくっきりと造り上げていた。コンクリートの上を吹き抜ける風は微かに冷たさを帯びていて、そろそろ梅雨入りが近いのかもしれない。

ざあ、と道沿いに植えられた街路樹に冷ややかな風が吹き抜け枝葉を揺らし、木漏れ日が不安定に形を変えた。

「っ――?」

風に舞った髪を直しふと視線を前へ戻すと、数メートル先にブレザーにネクタイの制服を纏う男が立っている。あの制服は確か、ここからだと四駅程経由した場所にある私立高ものだったはずだ。
駅からはあまり近くはないこの付近で見掛ける事が無い高校生に疑問が浮かんだ。
だが、それ以上に心に何かがつっかえたかのような不快感が迫り上がってきた。不快感が頭を上げたのは、その男と目が合ったからだ。赤い双眼は滾々と得体の知れない感情を溢し、ひとえにカイトだけを射抜いている。

本能が警鐘を鳴らしているがそれを不愉快さが上回り、それらを無視し静かに男の前まで歩みを進めた。


「こんにちは」

「……学校に何か用でも?」

男がにこやかに挨拶をしたが、返した声は思った以上に低く警戒心を剥き出しにしていた。それもそれで致し方ない。男は、声こそ柔らかだったが目元は全く笑っていなかったのだから。

「ええ。――人を探していて」

流れるように言葉を紡ぐ男が一瞬、狂気とも見紛えるくらいの鋭い眼光を走らせる。ぎらつく眸はカイトだけを一点に捉えていて。
明らかに、それはカイトを差しているのだろう事は明白だった。

「……どんな生徒をだ」

お互い、解っていての問いかけをした。男の方は兎も角、カイトには彼は全く面識の無い人物だ。何をそこまで強い感情を突き向けてくるのか。
訝しむカイトへ男がああ、と納得したように声を上げて、すうっと目を細めた。

「大切な子を横取りされたもので。少し嫌がらせでも、と」

「大切な、子?……まさか、」

「そう。俺の、俺だけのものだった筈の凌牙。アイツの世界は俺が創って拡げて、壊したはずだった。また創り直してやろうと思っていたのに……とんだ横槍が入っちまったよ」

「――貴様、何が言いたい」

語気が険しくなる。壊した、と男は言った。心を、気持ちを、凌牙のそういったもの全てを眼前の男が手折ったと言うのか。
視界が怒りで真っ赤になりそうだったのをどうにか繋ぎ止め、音がしそうな程奥歯を噛み締めた。

「それは残念だったな。――凌牙はそんなもの必要としない」

臆病な紫の眸が脳裏を掠める。うつくしいあの宝石をくすませて手渡す気など毛頭無いと、強い意志を持つカイトの目が真っ直ぐに男を見返した。
そして、興味が失せたとばかりに視線を外し音もなく男の横を通り抜ける。下手に喧嘩を買ったところで此方に得は無いと、きつく拳を握った。

「まあいいさ。いつだって奪い返せるからな」

男は喉奥で笑いながら剣呑な双眸をうっとりと細めカイトの背を見送る。
黄金色に紅が映える男の髪が風に揺らいでいた。





 

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