どうにか止まっていた涙腺がまた緩んで瞬きをした拍子にぱたり、と一粒の水滴が地面に落ちて消える。
その時、後ろからコツリと軽い音が聞こえた。

「――なんだ。またそうやって泣いてるのか?」

「ッ!な、……!」

過去に何度も聞いたことのある、低音の大人びた声が唐突に背後から凌牙を貫く。
振り向こうとした身体は声の本人を思い出した途端、氷のように動けなくなった。震える指先からさぁっと血の気が引いていく。
……思い出すのは黒く暗い感情、背後に立つ男の弧を描く口元とどろりとした喜悦に歪む朱色の双眸。

「どう、して、お前がいる……ッ」

「何故か?ああ、それは可哀想な凌牙の姿をたまたま見付けたからさ。 独りで、何かに怯えて――なあ凌牙、カイトって誰だ?」

背後で聞こえる声が段々と近づいてくる。問い掛けに答えられないほどに緊張した喉がひゅ、と嫌な呼吸音を出す。
震える凌牙の姿をクスクスと笑いながら、男がいとも簡単に腕を捕らえた。逃げたい、と心が叫ぶが声の主はトラウマでその心を黙らせる。
腕を思い切り引き寄せられて身体が嫌でも彼の方を向いてしまう。

「W――、」

「こんなに目が赤く腫れるまで泣いて……惨めで散々で、可哀想な凌牙」

すうっと紅の眸が細まり、凌牙を射抜く。
トラウマの元凶、声の主である……Wの眸からチリチリと覗くのは、狂気だった。

「離、せ……」

「俺の問いに答えたら離してやるよ」

「ッ てめぇなんて、嫌いだ」

「知ってるさ ――おっと、」

クツクツと愉しげに嗤い、腕を捕えていたWの手を思い切り振り切る。それだけの動作だけだというのに、息をするのが荒くなってしまう。
開いた距離を詰められる前に凌牙は数歩分距離を取ると震える手を叱咤しながらきつく握り、Wを睨み付ける。

「もう、俺に関わるな」

「……ハハ!いいぜ、と言ってやりたい所だが――凌牙を苛めていいのは俺だけなんだよ。他の奴にお気に入りを横取りされて剰え泣かされているのを、むざむざ見てる訳ないだろう?」

「、黙れ!俺はWのモノじゃねぇ……!」

これ以上彼の眼を見続けていたら、どうにかなってしまいそうだった。きっと内側から恐怖感に支配されてしまう。

そんな凌牙の声に、Wは静かに口元だけで笑む。
可哀想な凌牙。そう唇だけで紡ぐとWはくるりと背を向け来た道を戻っていく。
残ったのは呼び起こされた暗い記憶。

「どうして、離してくれない……っ」

呟いた声に、答えは返って来ない。
目蓋の裏でカイトの真摯な眼差しが朧気に浮かんだ。

崩れてしまいそうな感情は、身を切るほどにカイトを呼んでいた。



 

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