息があがる。肺が苦しくなり、喉がカラカラになる。
それでも凌牙の足は止まらなかった。
歯を食い縛りながら、階段を駆け降り靴を履き変えると脇目も振らずに校舎から逃げていた。

「カイト……っなんで……」

凌牙自身何をそこまで恐れるのか、悲しいのか苦しいのか……混ざり合った感情の中から真実を分ける事は出来ない。
カイトはどうしてあんな事をしたんだろう、とまとまらない思考で幾度も考えたが最適な答えなど出るはずもなく、余計に苦しくなるだけだった。

――好意?馬鹿な。俺みたいな手のかかる奴を好きになる人間がどこにいる?アレはからかったのに決まってる。

そう思うと、また苦しさが増す。
訳も分からなく零れ続ける涙を止めたくて、眼を擦るがひたひたと流れるそれは止まらない。
家に帰れば少しは気持ちの高ぶりが治まるだろうかと、涙を拭うのもおざなりに覚束ない足取りは自宅の方向へと向かっていた。

「熱、い」

今頃になってカイトの頬を打ってしまった手の平が凌牙を責めるかのようにじんじんと熱を持ち始めている。カイトに酷い事をしてしまった、とどうしようもないというのに胸のうちでは何回も己を責める。

そんな手の平を一瞥し、きつく唇を噛むと漸く早く家に帰ろうと決心がついた。
けれども一歩一歩と歩くたびに想いが零れそうに浮きあがって来ては消えていく。行きは此処まで息苦しい道程ではなかったというのに、家路に着こうとするこの瞬間は暗い感情に圧し潰されそうだ。


はたと歩みを止めると、凌牙から伸びる影は細長くなっていて、周囲の景色も薄暗い橙色に変わりつつあった。ゆっくりと世界が夕暮れになろうとしている。
自宅まであと数メートルほど。随分と思考に足を取られていたのだろう、辿り着くまで驚くくらいに時間がかかっていた。

「カイト、カイト……」

彼の名を呟くごとに、後悔というものに首を締あげられている気がする。たくさんの想いが溢れてしまう。



 

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