ふいに横目で捉えた灰色の瞳は真っ直ぐに教室内をみつめている。
――カイトは何を思っているのだろう。当たり前に通うこの場所は見飽きた景色の一部なんだろうか。
少なくとも凌牙には騒々しさが欠ける、忘れかけていた光景に見えている。ぱたぱたとスリッパの音を鳴らし、教卓の前に立った。背後にはチョークを消した跡が残る黒板、眼下にはカイトと凌牙以外に誰も居ない空間に、机と椅子の羅列。
「……」
それらをぼんやりと眺めた。今更、同級生の中に混じれるとは思ってなどいない。どんな人間にも疑ってしまうのが癖になりつつあるのだから。
ただ、少しだけ、信じられるような人が欲しいと、願わずにはいられないのは欲張りなんだろうか。
「神代」
「っ……?」
微かに眸を伏せた凌牙をカイトが呼ぶ。いつの間にか凌牙の手を引いていた筈の腕は離れていたのだが、また温かなカイトの手が手首を掴み、凌牙を回想から引き戻す。
温かい、と思ったのもつかの間。手首を掴んだままのカイトが凌牙の腕をひっぱり窓際へと歩いていく。
「なにっ、」
「席、座ってみたらどうだ」
「は?」
後方の窓際から二つ目の机をカイトが指差す。ここが俺の席、と腕を引いた彼が止まりふと目元を緩めた。そしてエスコートするかのように隣の窓際の席を見遣り椅子を引く。
「いいから座ってみたらいい」
「……なんで、だよ」
悪態に近い文句を一言こぼし、口元を一文字に結んだ凌牙はがたり、とカイトが引いた椅子に腰を下ろす。
誰の座席か知らないが座った後方のこの席から見える、ずらりと並ぶ机にほんの少し恐怖感が芽生えた。
早々に立ち上がりたくなる。だが、隣を見るとその恐怖感はあっさりと溶け消えてしまう。
「神代、どうだ?」
同じく椅子に腰掛けて隣で目を細めこちらをみるカイトの姿。机と机の間隔があるが、片肘を付き問い掛けられる距離はずっと近くに感じる。
「どうって、」
「嫌か?」
「……」
続く言葉が消えてしまった。
嫌なのか、判らない。自分一人なら嫌で仕方ないだろうが、カイトがいると嫌には思えない。それをどう言葉にすればいいのだろうかと、凌牙は以前カイトに諭された言葉を思い出す。
――感情は口にしなければ相手には思うように伝わらない。
もしかしたらカイトの望んでいる事はそれなのかもしれない。
「……天城」
「なんだ」
「お前が、いなかったら。俺一人だったら、嫌だったぜ。 天城が隣にいたから、気分が落ち着いたし、恐怖感も……抜けた」
困惑する頭で紡いだ言葉を音にすれば、カイトはすっと尖っている瞳をみるみるまるくさせて此方をみてきた。そして、ややあってから勢い良く片手で顔を隠してしまった。
「っ……随分な直球だ……」
「?」
「見るな、少し待ってろ」
顔を背けてしまうカイトの耳が淡く色付いていたのを、凌牙は気付かない。
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