「あ……靴箱」

お互い無言のまま行き着いてしまった校舎の昇降口で、凌牙が気付いたように声をあげる。カイトは一瞬何を言われたのか解らなかったが目蓋を少し伏せた姿に、そう言えば場所は分からなかったかと思い出し凌牙の名を呼んだ。

「靴なら俺の場所に入れておけばいい、スリッパは来客用の入り口にあった筈だからそれを使え」

「……ああ」

僅かに逡巡の後控え目に頷き返され、靴を同じ場所へ詰め入れると凌牙はスリッパを取りに端に位置する来客用の入り口へ姿を消した。

何とも無い風にしていたが、矢張り緊張はとれていないのだろう。下駄箱の向こうに行った凌牙の横顔を見送り、運動部の声が遠くから届く伽藍とした校舎内の空気に神経を傾けた。

元々、臆病な性格をした人間をカイトは苦手としていた。相手にしたくなかった、はずだった。だが、あの菖蒲色を帯びた彼だけは、何故だかあの震える手を引いてやりたくなる。自分でも驚く程に世話を焼いているし、気にもかけていた。
怯えながらも信頼というものを凌牙がカイトへ向けてくると、胸の奥が歓喜してしまう。……そんな説明し難い感情をどう呼ぶかなど、未完成な想いの名前はまだ付けられない。
ただ、彼をカイトは見捨てる事が出来ないのは明瞭としている。きっと、好いたものを手放すなどそう簡単には出来ない。

「天城?」

「……、神代、」

自己分析に思考を費やしていると、戻ってきた凌牙に名を呼ばれ考えは停止された。は、と振り向くと、怪訝そうにカイトを見つめていた眸とかち合う。
生憎、目線は直ぐに逸らされたが凌牙と目が合ったという事に笑みが浮かんだ。

「何、笑ってやがる」

「いいや、気の所為だろう?」

「……」

不機嫌を隠さない凌牙の姿を擽ったく思った。喉奥で笑いながらカイトはむすりとする彼の視線を捉えて眦を薄らと下げる。

「神代、折角だから俺達の教室でも見に行くか」

「……元よりそのつもりだろうが」

す、と凌牙の腕を引き、カイトは階段へ向かう。
握った手首は払われる事はなかった。

人気のない空間に上靴とスリッパの擦れる音が穏やかに響く。





 

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