「……」

頭が真っ白のまま、今日がきてしまった。
あの校舎へ足を踏み入れる、その実感が沸かない。新年度になる前までは、苦しくとも何とか行けていたのだから尚更奇妙な気持ちになる。

唐突過ぎるカイトの誘いに、断るよりも何故そのような提案を凌牙へ持ちかけたのか、そんな疑問が口をついて出てしまった。
何故、と訊いたがカイトは気紛れだとしか言わなかった。深い理由など無いのだろうか?そんな事が昨晩からずっと解けずにいる。

校舎自体は、何も変わっていないだろう。リノリウムの床だって、四角い机も椅子も。思い返し、久方ぶりに腕を通した制服に僅かに胸が苦しくなる。――替わったのは人の方だ。クラス替えがあったし、何より、自分の他者へ持つ感情が変わってしまった。
――人が居なければ……大丈夫なんだろうな。
取り留めない考えの中で、それだけは結論が出せる。そう思えば、憂鬱は拭えないが幾らか気持ちが楽になった。

しばらくして、玄関のインターホンの音が来客を報せる。


「ちゃんと出て来たな、神代」

「……天城が提案したんじゃねぇか」

「そうだな。まあ、とりあえず行くか」

凌牙の制服姿を見たカイトがフッ、と笑う。その表情が嬉しげに映ったのは、気のせいなのだろうか。
最近カイトに振り回されている感が否めない。強引ではなく、時折振り向いてはペースを揃えてくれるような感覚。擽ったい距離感。


「――どうして、俺にここまでしてくれるんだ?」

玄関の鍵をかけ、カイトの隣へ並ぶと、抑えていた疑問が堪え切れず口元から零れた。カイトの意図が判らない。考え続けてしまえば、悪い方へ思考が向いてしまうのが癖になっている。凌牙は不安を瞳に湛えたまま唇を一文字に結び目蓋を伏せる。

「かみ、しろ……?」

「休日潰してまで俺に付き合うだの、面倒だろ」

問われた側の彼は灰色の眼をしばたたかせた。
ややあって、言われた内容を咀嚼し理解したのかカイトは、平常時と変わらぬ声音で、

「言葉に出来る理由なんて無いな……、大体、俺自身がやりたいようにお前を振り回してるだけだろうが」

ふむ、と考える格好で、カイトも首を傾げた。本気で分からないらしく、眉間に縦皺を寄せてまでいる。

「……。つまりお前自身も理解してないのか」

「ああ。だが校舎にはお前を連れていくのは変更しないぞ」

「……ハア。実は馬鹿だろ、天城。 うだうだ考えてた俺の方も馬鹿みたいだ」

カイト自身が己の本意もなにも、把握出来ていないらしい。途端に肩の力が抜けた。
もうやってられねぇ、と呟けば、行って平気なんだなと自分から誘った癖に腕を掴まれる。矛盾したカイトの行動に凌牙が小さく笑う。

「何をいまさら。 お前だけとなら、何とも無いと思うぜ」

「な、 っ!?」

大きく両目を見開いたカイトを訝しく思いつつも、凌牙は学校方面へ足を踏みだす。
コツン、とコンクリートに当たるローファーの爪先、穏やかに路を照らす陽の光、どれも心地がいい。
久しぶりに心が軽くなった。




 

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