あれから――書類の一件以来、カイトは下校すると凌牙の家に来るようになった。来ては、その日の授業内容や課題を凌牙へ教えたり、課題が面倒だの言いつつも一緒に解いてから帰ったりしていく。
カイトの真意が判らずに、凌牙は毎回どうしたらいいのか内心足踏みをしていた。どうしてここまで構うのか、深くまで尋ねる言葉を持ち合わせてはいないのだ。
しかし彼がやってくる事自体は、嫌ではなくなっていた。

「最近俺にばかり行事の仕事を押し付けようとする担任が気に食わない」

「でも、どうせ突っ張ねたんだろう」

「愚問だ。承けないに決まってる」

学年級長を務めるカイトの愚痴を聴くのは何故か楽しい。
他愛ない会話とカリカリと文字を書く音が重なり、穏やかな時間が流れる。

「天城、出来たぜ」

「ん……ああ、もう解けたのか。担当教員に渡しておく」

凌牙が向き合っていた机から顔を上げ振り返る。課題と称して出されたプリントをカイトに渡すと目を丸くされた。
春期休みから閉じこもる間は時間を埋めたくて勉強ばかりしていた為か、授業には後れを取ったりはしていない。仕上げた問題用紙をしげしげと眺めるカイトの制服姿に僅かに気が重くなった。
会話をしていると霞んでしまうが、新学年になってから学校へは行っていないのだ。室内に響く誰かのはしゃいだ会話、視線、笑い声――それらに約半日、堪えられる自信は無かった。会話が噂話に、視線が冷たく、笑い声が嘲笑に。何もかもをトラウマと重ねてしまう。
現実から目を瞑ってそろそろ二ヶ月と少しに入ってしまう。焦る気持ちはあるのに自分が上手く立っていられる術を凌牙は思い付けないでいた。
時間が止まってしまえばいいのにと出来ぬ事を切願してはその板挟み状態に息苦しくなる。

「なあ、――神代?」

「……、何だよ」

ふ、とカイトに呼ばれ昏い思考の渦が止まる。乾き切った口腔を珈琲で誤魔化し振り返ると、大丈夫かと目敏く問われた。

「ああ。何ともない」

「お前が言うならばそうなんだろう。所で神代、明日は祝日らしいな」

「カレンダーに書いてあるならそうなんだろ」

「だが校舎は部活をする生徒の為に開いてるらしい」

「は、?」

とん、と水晶の様な眸が凌牙を射抜く。いけない、あの力強い眸に魅入られてしまう。
それこそ抜け出せない程に。逃げられない、と感じると口元がひくりと震える。

「この時期校舎内の部活は休みだろう。だったら……久々に、行ってみないか」

疑問符を出す凌牙に、カイトは明日の予定を確信ある声であっさり決めてしまった。





 

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -