ぺたぺたと素足で階段を上がる凌牙の後ろをカイトが機嫌良く着いてくる。
それだけで既に家に上げた事を後悔したくなるが過去を遡るなどできないのだから、嘆息するしかない。

「溜め息をすると幸せが逃げるんじゃないか?」

背後から掛かるカイトの言葉にくだらないと思いながら、自室のドアを開く。

――他人と接触を拒むようになってから、何時も一人で出入りしていた部屋だったが、今は後ろに自分以外の存在がある。
以前は暇さえあればあの男が乗り込んで来ていたのだ。来る途中に買ってきたらしいコンビニの菓子とデザート、愛読していた雑誌や漫画。あの男は来ては何かしらをこの部屋に置いていっていた。拒絶をするようになってからは、痕跡を躍起になり消してしまったのだが。その時には既に他人の物を見ていると、怖いと感じてしまうのが嫌で仕方なかった。

開いた扉の向こうの凌牙の部屋は机に広げられたままの勉強道具以外、必要最低限の家具しかない。そこへカイトを招く、というのは不思議な感覚だった。

「片付いてるな。……性格が出てる」

「何も、ないだけだろ」

「ああ。さっぱりしていて何もない」

凌牙の部屋をぐるりと見渡し、窓から射す陽にカイトが眩しそうに目を細める。細まった眼が次に訝しげに眉を寄せた凌牙へゆるりと視線を固定し、ふっ、と企むような口元が弧を描く。

「確かに今は何もない。だから、お前が思った時に此処には様々な物を置ける。お前の感情と同じだ」

「何言ってやがる……」

「どうするかなど、お前次第、という事だ」

どさりと通学鞄を床に置くとそれの隣にカイトは腰を下ろした。睨め付ける凌牙の眼差しもお構い無しに言葉は続く。

「何かを置いて、それが嫌だったのなら捨てればいい。記憶も感情も成績じゃない、評価なんか出来る訳がない。ずっと嫌なものを置き続けて、耐えながら自分自身が歪むより、直感で切り捨てるのが最適に決まってる」

「ハッ、それはお前の私論じゃねぇか」

「勿論そうだ。俺は誰かが放つ言葉に左右されるのが嫌いだ。我が強い人間だからな。 だから……神代凌牙、お前が持つ他人に対する恐怖も俺にとっては未知のモノだ」

「っ」

力強い眸が凌牙を一点に見上げ、呼吸の仕方を一瞬忘れそうになった。ひゅっと喉が不規則に空気を飲んだ。
――カイトが怖いのか。否、振りかざすその私論が……羨ましいと思った。

「っ、うぜェぜ。馬鹿も休み休み言え」

「次からはそうしてやろう。ところで、お前は気付いていたか?」

目を、合わせられるようになったな。成果が出せたのを喜ぶ人に似た表情でそう投げ掛けながら、カイトはテーブルの上に投げられていた書類の封筒を手に静かに立ち上がった。
凌牙はその言葉に酷く驚いている。藍色の両眼が何度も瞬きを繰り返していた。

「また来る。ああ、そうだ、余計な世話序でに一つ付け加えるなら――感情は口にしなければ相手には思うように伝わらないぞ」

「……」

扉が軽い音をたてて閉まった。伽藍とした部屋にはまた凌牙だけになる。
しかし、室内には毛色の違う空気がすっ、と吹き込んだ気がした。





 

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