かつん、と軽い靴音をたてカイトは玄関扉の前、凌牙の真正面まで距離を縮める。息苦しそうに見上げてくる凌牙の視線を感じ取ると、目の縁をそっと弛めた。
僅かでも陰った感情が払拭出来たらいいのだがな、とらしくない事を片隅で思い藍色の瞳を静かに捕える。

「連絡はいっていたか?書類を取りにきた、天城カイトだ」

身内以外には出したことのない柔らかい声がでた。それを顔には出さず驚いたのはカイト本人だったが、やはり話し掛けられた凌牙もびくりと空気を震わせていた。
……基本的に会話自体が慣れないようだ。

幾らか視線を彷徨わせた藍色だったが、何か重大な事に気付いたのかそれはもう絶望的な声であ……、と口を開いた。

「……どうした」

ふる、と凌牙の口元が稍引きつっている。カイトに問われた本人は何度も口を開閉させ、そして。

「封書、部屋に置いたまま、だ」

「……」

ぐったり落ち込んだ様子でそう告げてくる。そんな凌牙の応えにカイトは肩を小刻みに震わせひっそりと笑ってしまった。

「俺が来るくらいで緊張していたのか」

「っ」

肯定のようで、気まずそうに凌牙は外方を向いてしまう。カイトはニヤリと笑い方を悪どいものに変えた。

「ここで待ってる……が、待っている俺が暇だからお前の部屋にあがっても構わないか?」

外れていた凌牙の視線が勢いよくカイトを見た。零れそうになった瞳が此方を見ている。
拒絶されることなど火を見るより明らかだが、なんとも構いたくなってしまう。凌牙にはそういった雰囲気があるようだ。
玄関に立ち、視線をゆらゆらと泳がせるその眼を捕えたい気分にカイトがなりかかっていると、小さく凌牙の口元が歪む。

「……お前」

「なんだ」

「可笑しな奴だな」

ぎこちない言葉だったが、青紫の眸は初めてカイトを真正面から、しっかりと映していた。

「――余計な事を言わねぇなら、勝手に上がって、いい」

逡巡した後にそう言うと、きゅう、と唇を結び凌牙はカイトに背を向けてしまった。

「……まあ、遠慮はしないが、」

可笑しな奴ではない、と訂正を付け加えながらローファーを脱いだ。




 

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