あの臆病者童貞め。
ソファを陣取り、読む気にもならない雑誌をぱらぱら捲りながら凌牙はつまらなさそうに眉を寄せる。
時計の短針はそろそろ真上より一つ手前の位置に動き始めていた。休日の深夜という時間帯がより一層何かを急かされている気がする。秒針が一秒一秒を刻む度に、胸の内に溜りに溜まった苛立ちが溢れかえっていく。

「奥手なのもいい加減にしろよ、臆病者の童貞」

遂に、凌牙のムカつきは振り切れてしまった。ぱしんと乱暴に雑誌を閉じると口を真一文字に閉め、入浴中の恋人のはずであるカイトがあがるのをじっと待つ。

――カイトと凌牙。二人が付き合い始めて、3ヶ月。
お互い、こんなにも相手を愛しく想うのは初めてだった。ぎこちなく手をつないで、怖ず怖ずと柔らかなキスをしてきた。ファーストキスは勿論カイトは凌牙に、凌牙はカイトにあげて。
最初の内はそれで満足だった。お互いが好きなのだと解り合えていたから。しかし、時間が過ぎるたびに凌牙はもやもやし始めてきていた。
3ヶ月。……そろそろ、夜のアレコレを迫って来てもいいんじゃないか、と。
初めは自分がカイトを押し倒してやろうかと考えていたが、カイトのキスで腰砕けになってしまったり彼の甘ったるい言葉に反論が思い付かなかったりと、どうしようもなくカイトを抱くには凌牙にとって不利な点が多過ぎた。
男としてどうなのかとは思うが、カイトに抱かれるというのなら不思議と嫌悪感はなかった。ない、のだが。

――あの男は凌牙にキス以上の事を迫らないのだ。
そして冒頭に至る。いい加減凌牙は我慢の限界だった。あんなに口付けをしてくる癖に、と悪態をつき、カタンと風呂場の扉が開く音に気配を鋭くさせる。

「風呂、空いたぞ凌牙」

「……」

耳に馴染んだ声。いつもなら返事を返すが、今日はソファに寝転び寝ているかのようにそっと瞼を閉じる。
気付かれないよう、寝たふりをしながらチャンスを虎視眈々と狙う。

「……寝てしまったのか」

声が近づく。今さっきまで湯槽に浸かっていた温かな指先がそっと凌牙の頬を撫でた、その瞬間。

「っな」

驚いた声が上がるが、知らないとばかりに無視を決め込む。その腕を掴み、思い切り引くとカイトと共に凌牙は床に倒れこんだ。表面が柔らかな手触りで出来ているカーペットが敷かれている為に痛みはない。
身を起こされる前に、カイトの上へマウントポジションを取ってしまう。
未だ何が起こったのか思考が付いていけずに目を白黒させるカイトへ、凌牙はゆったりと口角を上げてみせた。

「何簡単に騙されてるんだよ」

「凌牙?」

下から、カイトは意味が解らないといった顔で見上げる。湯上がりの髪はしっとりと濡れていて、身体には程よく筋肉がついている。精悍な顔つきは、状況を理解しようと必死そうだ。
こんな風に押し倒して彼を見るのは初めてだった凌牙は、まじまじとカイトの姿を見て僅かに己の言動を後悔し、それから無理矢理に開き直った。
……恥ずかしい、が、それ以上にカイトにもっと触れてほしい。
その願望の方が強かった。

「……一体どうしたんだ」

「見て分かれよ。俺がお前を押し倒してんだろ」

「それは分かる。だから何があったのかと訊いてる」

「――、」

カイトは押し倒されたというのに、その事を意に介さない強い眸で射ぬく。
何度か開きかけた凌牙の口は結局、強がりだの余裕だのを言葉にすることは出来なかった。

「……何でお前は俺に手を出してこねェんだよ。3ヶ月、3ヶ月だぞ。その間、ずっとキス以上を要求してこない」

「四つも歳が離れているんだ。お前が大切だからこそ……少し、俺も慎重にならざる負えないだろう」

「俺は女じゃねぇ!お前と同じ、男だ。大切だから抱かない?ふざけるなよ。――手加減だとか我慢だとか、必要ない、だろ」

音にしたのは、愚直な程に偽りのない問答。凌牙が絞りだすように言った言葉に、カイトはすう、と目を細めた。

「折角我慢してやっていたのに」

「は、――な、あ!?」

カイトが普段より一層低い声で何事か呟いたその瞬間。目を丸くした凌牙と飢えた猛禽類に似た眼をしたカイトの位置は一瞬にして入れ替わらされた。思い切り体勢を崩され早業としか言い様がないくらいに、今度はカイトが凌牙を押し倒す形になる。

「……お前は余裕を無くさせるのが恐ろしい位に上手いな」

「かい、と」

「誘ったのは凌牙、お前だ」

見上げる凌牙の頬にぽたりと風呂上がりのカイトの髪の先から水滴が落ちる。ギラつくメテオライトの眸は、息を詰める程の情欲を映していた。



「う、あっ……!カイト待、てッ」

カーペットの上で、息をつく間もない深いキスを何度も繰り返された暁には凌牙の抵抗力は無いに等しくなり。気が付けば、カイトとベッドの上だ。
あの時のカイトを押し倒した余裕はあっという間に削げ落とされた。

慣らされたとは言え、カイトを受け入れた時は呼吸が出来ない位に痛かった癖に、馬鹿みたいに優しく性感帯を触れられ舐められ、いじくられて。潤滑油も手伝い少しして痛みよりも快楽が脳を支配した。

「や……っ、そこは、駄目、やめ、ろ……あ、うあ!」

「知らん。いいから大人しく啼いておけ」

「カイト、テメェ!――ひ、うっ」

こいつ本当に童貞だったのか?と疑念を抱く程に、今のカイトは凌牙の躯を知り尽くした動きで抽出を止めてはくれない。
ぐちぐちと耳を塞ぎたい程の凌牙自身の体液とローションの混ざり合う音に、凌牙の眸からはまた涙が零れていく。

「やだ、や――ッ」

「フ。嫌、ばかりじゃないだろう」

カイトの言葉に、こくこくと凌牙は小さく頷いてみせた。
嫌ではない。寧ろ嬉しい。余裕を振り払い、ただただ凌牙だけを愛してくれるカイトの姿が嬉しかった。

口を開くと高い嬌声しかもれない。涙も無制限にぼろぼろとシーツに染みていく。
カイト、と恋人の名前を何とか紡げば、凌牙を攻め立てていた彼が満足気に笑う息遣いが聞こえる。
凌牙は思い切りカイトに抱き付きたかった。




お互いが初恋カイ凌
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