雰囲気に流されて気持ち良くなっちゃう話
パシン、と片手首に何かが当たり巻き付いた感触がした。突然のことに凌牙は怪訝そうに己の手首へ視線を移すと、巻き付く光の輪が微かに光って消えてゆく。見覚えのある感触と形状に嫌な予感が背筋を駆けた。
「ふふ、捕まえた」
「――っな」
そう、これはデジャビュだ。あの時と同じ声、同じ感触のデュエルアンカー。
いつの間にか、デュエルアンカーを使った本人である少年が凌牙の真ん前に居り、桃色の髪を風に遊ばせている。
「……V」
怒りよりも驚愕の方が勝った、僅かに上ずる声が出る。名前を呼ばれ、新緑色のくるりとした瞳はどこか嬉しそうだった。
凌牙に呼ばれたVは口元を綻ばせ、何もない空中で片手をクン、と引く動作をする。
それに凌牙が眉を寄せたのはほんのわずかで。直ぐに見えない何かに手首を引っ張られバランスを崩した体勢は前に躓き、倒れ――温かいものに受け止められた。
「急に引っ張ってごめん。大丈夫?」
「て、めぇ……。一体何なんだ!」
「えっ?何って……君を無性にからかいたくなって。繋いで置かないと凌牙は逃げるだろう?」
温かいもの、否、Vに抱き締められながら離せともがくが、Vはまるで聞く耳を持っていないようだ。手首は未だ引っ張られている感覚が続いているし、何より敵愾心を向けている相手にぎゅう、と抱き締められている現状が許せない。
「デュエルでもしようってのか!?……だったら受けてやる、だから離れろ」
睨んだ先のVは、それでも離してはくれなかった。腕の力が強まる。
「デュエルはしないよ。と言うか君を捕まえたソレはデュエルアンカーじゃなくてただの捕縛用のモノだしね」
「じゃあ…… っ!?」
目が合わさる。緑の中に凌牙の大きく見開く藍色が良く見えたと思っていたら、その瞳は長い睫毛に縁取られた目蓋の裏に隠れてしまう。
驚くくらいに近い距離だ、と冷静な部分が判断するのと、ちう、と可愛らしく唇を吸われたのを認識するのは……どちらが速かったか判らない。兎に角処理しきれないVの言動に凌牙は酷く困惑してしまう。
「な、あ ――ッ!Vィ、テメェ!」
「これくらいで怒らないで凌牙。君だって、今の病み付きになりそうなんだろうから」
「っ!」
一瞬の放心から我に返った凌牙は噛み付くように怒鳴るが、Vはやんわりと怒声をかわす。
代わりに、頬も耳も赤く火照らす凌牙へ、Vはそっと耳元で囁いた。Vも凌牙も、キスの時の熱さが可笑しなくらいに抜けていない。
無意識にVの服を掴んでいた凌牙の眼差しは迷い子の様だった。Vはゆっくりと迷い子の口元を指先でなぞる。
「ねえ……もっと、イイ事しようか?」
蠱惑的な声が凌牙の判断力を溶かしきってしまう。からかうつもりが、あらぬ方向へ行ってしまったがVにはどちらでも良かった。どうにも判断力が鈍ったのは凌牙だけではなかったようだ。
――乱れる凌牙を見たいと心が疼いている。
控え目に抵抗を止めた凌牙の行動をVは了承ととった。