(副題)キスで何処まで性的に書けるか
薄暗い室内に二人きり。
がっつくように抱き上げられ落とされたベッドの上で凌牙は快感に身を捩る。凌牙が映す視線の先、普段はストイックに強い意思を宿す灰色の瞳は、今は熱い欲に彩られていた。
飢えた獣の様な、理性が削げ落ちた眼光が凌牙を射抜けば、思わず彼の雰囲気に呑まれてしまいそうになる。……否、もう既に喰われる運命なのだけれど。
「んっ、おい、カイト」
「なんだ」
どちらともなくはあ、と熱に浮かされた吐息が溢れる。先程から凌牙の全身に触れてくる男の名を投げれば、その瞳だけが凌牙を見てきた。声と共に脇腹に生ぬるい感触が落とされ、意図せずに腰が跳ねる。
情事の相手…世間では恋人という間柄に近い男であるカイトは、凌牙の反応にすい、と目を細めて笑った。
咎めるような声でカイトの動きを引き留めてしまえば、楽しむように彼の白い手が太股を滑る。
「さっきから焦れったいんだよ……うあ!?」
肌を這う感覚にすら、凌牙は微かに艶を孕んだ声を上げた。
思わず空いていた片手で口元を隠すが、彼の愛撫は止みそうにない。するりと撫でていた手が止まり、今度は柔らかな熱が凌牙の内股の皮膚を食んで吸い付いていく。ちくりと小さな痛みが太股から脹ら脛へと赤い鬱血を残した。
「あ、……っ」
爪先が淡い痛みに震え、指先に力が籠る。それと同時に、カイトに快感を覚えさせられなすがままの己自身の身体を凌牙は恨めしく思った。
くそ、といくら心の中で悪態を吐こうと身体と声はカイトが与える刺激に敏感で。増える赤い鬱血の跡にどこか喜んでいる自分がいるのも事実だった。
「っなあ、まだ……なのかよ」
まだ挿れてくれないのか。
ぼやかして言った言葉は軽やかな笑いに付された。
「何がだ?」
「……テメェ」
「そう怒るな。……もう少し、待て」
そうしたら好きなだけくれてやる。
熱を持った声が直接凌牙の耳に吹き込まれた。ついでとばかりに耳殻に口付け、舌が柔らかい皮膚を撫でていく。足だけでは満足し足りなかったのか、今度は項や首筋へとカイトの唇が寄せられた。
「ひ……あ、っ」
ちゅ、と厭に可愛らしい唇からの音が凌牙の脳内を犯してゆく。ぞくぞくと背筋に痺れが走るが、それを上回るように凌牙自身が熱を解放されることを欲している。
けれどこのもどかしい熱がカイトの手によって解放されないことも知っていた。
ーーこの、キス魔が。
凌牙は心の底から恋人を罵倒した。
そう、セックスに至るまでの長い前戯、カイトは凌牙の全身にキスをしていく。
唇に始まり、足へ脇腹へ、二の腕から手首まで、凌牙が思い付く限り身体中全ての場所にカイトはキスを散りばめている。触れるだけであったり、先ほどのように赤い花が咲くようであったり、加減は様々であるけど。
兎に角、彼は性交の儀式として口付けを施す事を殊更好んでいる。もしかしたら最中より長い間キスをされているんじゃないかと疑う位には。
「凌牙、こっちを向け」
「……ん」
じくりとなる鈍い快楽に身を捩るとカイトの灰の双眸が凌牙を捉えた。そして一層深く唇を奪われる。喰われる、と本能が思うくらい舌を絡め口腔を暴かれる。
「ん、んぅ……ふ、ぁ……」
「……はっ、」
そして段々と凌牙の理性も陥落していく。カイトの満足気な表情に不思議と心が満たされる。
唾液の絡まる音も、頬に添えられた彼の熱い掌も、押し付け合う熱も。乱れたシーツの上ではそれは全て剥き出しの愛情だった。