薄らカイ凌風味。




「俺自身の事……あー、歳は16。住所……は言っても意味ないか、両親と妹がいる」

場所は最上階のハルトの部屋。
手当てされた掠り傷の場所を撫でながら、凌牙は物事を整理するようにひとつひとつ自分についてをカイトに話し出した。

「16、か。因みに妹とお前は双子だな?」

「ああ。残念な事に双子だ。あ、いや、いい奴なんだけど」

気恥ずかしそうに顔を逸らす姿に、ふっと空気がゆるんだ。こちらの凌牙も妹は一等大切にしている。別の世界でも兄妹仲が良好で何よりだ。

それに、類似点もあるが違う所もあった。
こちらの凌牙は現在14歳、眼前の彼とは二年の差がある。そして両親という言葉を此方の神代兄妹は口にしたことがない気がする。勘の鋭いカイトは彼ら兄妹の事情を察し口には出さないが、恐らく訊いた所で良い返事はないだろう。

「兄さん、テーブルと椅子をオービタルが持ってきてくれたよ」

立ち話もなんだから、と背後からハルトがひょこりと現れカイトの服を引いて言う。それもそうだな、とカイトは微笑んだが、対する凌牙は目を丸くしながらハルトへカイトへと視線を行き来させていた。

「凌牙、どうした」

「どうしたの?」

「え、あ、いや……。弟と随分年が離れてたんだなと」

驚いた、とハルトを見ながら凌牙がそろりと言葉を流せば、弟は爛漫な笑顔で兄の隣に並ぶ。そしてぺこりと頭を下げた。

「弟の、ハルトです。はじめまして、凌牙」

「は、はじめまして……?」

「ふふ、本当に僕達が知る凌牙じゃないや。だって兄さんが僕以外にこんなに気を許してる姿初めてだもん」

「そう、なのか」

「俺は普段通りだぞ、ハルト」

「え!兄さんとっても分かりやすいよ?」

ふふんとハルトは誇らしげに笑った後、兄さんは鈍感だから!と言い放ち凌牙の背中に隠れる。
凌牙は視線を兄弟交互に向けながら俺で遊ぶな、と言いたげに兄の名を呼ぶのだった。

「そう言えば、お前ハルトを初めて見た時、やけに困惑した顔になってたな」

「あー……まあ」

「どうかしたのか」

「ハルトが居るとアンタは綺麗に笑うよなって思ってただけ」

「――」

椅子に腰掛け、ちびちびとココアを飲む凌牙は意外だと付け加え、またココアを飲み始める。
僅かな逡巡後、恥ずかしげに紡がれた言葉に思わず動きを止めたカイトが動きだすまで、たっぷり数十秒はかかった。
ほんのり赤らむ凌牙の目許から目が離せなくなったと口に出せるほどカイトは感情に機敏ではない。ただただ、胸を引き絞るような気持ちに、息がつっかえ苦しさを覚えた。



「所で」

心機一転。
こほん、と居住まいを正したカイトは、ハルトから貰ったキャラメルを舌で転がす目の前の青年を射抜く。年の割に稚さを感じさせる澄んだ群青が、疑問符を携え此方を見た。
オービタル7が不服そうに凌牙のココアのお代わりを作っていたが、カイトはするりと無視を決め込み再度口を開く。

「こっちへ来る直前、凌牙は何をしていたのか記憶にあるか」

「直前って気を失う前、だよな」

「そうなる」

「確か部活が長引いて、家に帰る途中だった筈だ。それで、家の途中にある公園が近道だから入って――ああ、そうだ。星だ」

どうして忘れていたのだろうと言う顔で、凌牙は眸を震わせる。ことりと置かれたカップの水面が波紋をつくり、困惑する彼の顔を映していた。

「星?」

「空を見たら星がやたら綺麗で、少しぼーっと眺めてた。そしたら、流れ星を見たんだ。その後直ぐに意識が遠くなって、」

こんなことになってた。凌牙は眉尻を下げ、困った表情で言葉を切る。
記憶を思い出すようにぽつりぽつりと零れる彼の見た光景を、カイトも薄らと想像した。夜空に流れ星、それは凌牙が落ちてくる前に天城兄弟が揃って見たものだ。

「こっちは今晩流星群が見られるらしく、俺もハルトも流れる星を見ていた。そして凌牙も恐らくだが、同じ時間に流星を見たのだろうな」

「え、」

「もしかしたらだが、俺とお前が見た流星がリンクしたのかもしれない。……まぁ、根拠は無いが」

一瞬、あの時に凌牙へ重点を置いた願いをした事を思い出したが、カイトのプライドがその事を声にするのを拒んだ。
ティーカップをソーサーへ戻し、カイトは一人頷き立ち上がる。腕を組むと、彼はオービタル7を呼ぶのだった。

「オービタル、あの流星が流れた後にどういったメカニズムで亀裂が生じたか調べられるか」

「カシコマリ!」

少々時間ハカカリマスガ、といった声をさらりと流し、カイトは次に凌牙から預かっていたデッキを彼へ返した。
エクストラデッキがそっくり抜け落ちていたことを告げれば、彼は直ぐ様カードを広げる。

「本当に、ない。メインデッキは何ともないのに……」

「……凌牙。お前はナンバーズと付くカードの存在を知っているか」

「ナンバーズ? 新しいパックのシリーズか何かか?」

「いや。訊いてみただけだ。……エクストラデッキは……明日にでも何が入っていたか教えてくれれば手に入るかぎりは揃えよう」

首をかしげられる反応にカイトはゆるく首を振る。凌牙は、ナンバーズの存在を知らない。ならばナンバーズ絡みの可能性は低いかもしれない。
しかし何故エクストラデッキだけが抜けているのか、謎は尽きないのだが。

「揃えるって……アンタに悪いだろ」

「いいや。勝手に見てしまった謝罪と、デッキの強さに見合ったエクストラデッキは必要だ」

カイトが見た限りでは、凌牙のデッキはこの世界と変わらずエクシーズモンスター主体の作りだった。デュエルをするならば、きっとカイトと互角の強さを魅せるだろう。
今はない、凌牙のエクストラデッキを想像し、どのようなモンスターがいたのか考えるだけで闘争心が掻き立てられる。外面は澄ました顔でだが。

「別にデッキが未完成でも、俺は構わないし」

「ああ、お前の世界ではな。だがここハートランドシティは、デュエルが盛んだ。日常生活の一部になっている節もある程に」

デュエルのプロもいる、と告げるカイトへ凌牙はぽかんと口を半開き、唖然となる。彼の想像とスケールが違ったらしい。

「そりゃ、凄いな」

「ああ。大会も各地で開催されているからデュエリスト人口は多いぞ」

「へぇ、」

くつくつと笑うカイトの視界には、きらきらと瞳を輝かせる凌牙がいた。
デュエリスト魂に火が点いたのか、凌牙の食指が動いたらしく僅かに纏う空気が高揚している。
新鮮な反応だ、とカイトも説明が楽しくなる。

「だから、エクストラデッキも揃えてデュエルをしてみるべきだ。帰る手段を見つける事も大切だが、デュエルを一戦ほどした所で罰は当たらないだろう」

「じゃあ、兄さんが凌牙にデュエルの相手をしてあげるといいね」

今まで黙って二人の会話を聞いていたハルトが、ふわりと顔を綻ばせて話の輪へ入ってきた。
きょとんとする二人に一番幼い彼は、外でデュエルは駄目じゃないの?と若干頬を膨らませつつ驚きの混じる声を上げる。

「凌牙が外に一人で出たら、大変でしょ?」

「――そうだった」

「え、どうしてだ?」

ハルトからの指摘に、カイトは片手で額を覆いすっかり忘れていた、と呟き。凌牙はそんな天城兄弟を交互に見やる。

「説明が必要だったな。簡単に言えばこの世界にもう一人のお前が居ることは言っただろう。この世界で、神代凌牙はデュエルが強いと皆に知られている。――そこにお前が現われたら、多くの人間に不信がられてしまうだろう」

「あ……」

「お前自身、知らぬ人間から詰問や好奇の目を向けられるなど嫌だろうし、俺も気分のいいものではない」

「っ。えっと、つまり帰れるまで、俺は引きこもりか」

外の生活を見たいらしかった凌牙は残念だと、そっと顔を逸らす。
……カイトやハルトが、そこまで自分の事を考えてくれていた事が嬉しいと、凌牙は照れてしまいどうしても言えないのだった。

「すまないな。デュエルならお前のデッキが出来次第、直ぐに相手をしよう」

「ん、約束だ」

「勿論」

綺麗な掌が凌牙の目の前に差し出される。差し出した本人は至極真面目な双眸で凌牙を捉えていて。

「やっぱり、カイトは真面目で良い奴だな」

あはは、と擽ったそうに笑い、凌牙はその綺麗な彼の手をとった。


*
次回。凌牙、ARビジョンにはしゃぐ。
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