ファンタジー/カイトが竜、凌牙が人間/女装有ります




その世界には、竜が存在している。
天を駆ける翼を持ち、人が適わぬ力を有している竜達は、人々から畏怖と信仰の対象とされてきた。彼等は竜種とも言われているが、気候をも操る程の竜は都市から村まで、多くの人間が崇拝対象としている。

そうした崇拝対象の竜種の中でも、銀河の眼を持つと言われる竜は特別崇められていた。
銀河眼は、都市より離れた小さな教会が建っている村付近の深い森の奥を住み家としていた。夜には獣の鳴き声に混じり、竜の羽ばたきと気高い声が村に届く。ごくたまに、美しい光を帯びた銀河眼の飛び立つ様子を見た村人もいる。
何時からだったか。銀河の眼を持つ竜はその存在を多くの都市や町村の人間が、その強大な力を畏れ、気高い姿を崇めるようになっていったのだった。

以上が、村の教会が記した銀河眼についての文献である。竜種についてしか触れられていないのは村人が銀河眼が竜である姿しか見た事がないからだろう。
――竜には都市に住む代々繁栄してきた一部の貴族にしか知らぬ秘密があった。

彼等は人の形をとり、人と同等の知識を持つのだと。

勿論、美しいといわれる銀河眼には都市の貴族から多くの貴金属や洋服など人に贈るような貢ぎ物があった。流石に性別までは知らないのか、貢ぎ物は男女双方に分けられていた。

どうかこの国を豊かにしてください、敵国の侵入をその偉大な力で葬ってください、――我々人間に、どうか牙を向けないでください。
どうか、どうか。願う人間は誰も彼も決まって、最後は竜に向けて自分たちを殺さないでくれと願う。

「馬鹿馬鹿しい」

森の祭壇へ願う人間の声を拾いながら、銀河眼は森の奥で優美な尾を揺らし一笑に付す。家の安泰を願いながらも結局最後は自身の保身ではないか、と。
崇められて数十年、竜である姿の方が楽だった為にいままでその姿で生きてきたが、他人任せで臆病者ばかりの願いを聞くだけの日々。同じような願いと人間に向けられる畏怖の感情にいい加減嫌気がさした。

「くだらぬ願いなど知ったことか」

人間が嫌いになりかけていた銀河眼は、その日、竜の姿でいることを辞めたのだ。



月が出ない夜だった。
銀河眼が竜の姿を解いてから、幾つかの季節が巡っていた。
森深く、暗い山道と呼べるか怪しい草が茂る道を、青年がカンテラを揺らし迷いない足取りで歩んでいる。村を越え街へと調味料の買い足しへ出向いていた所為か、住み家の森へ着いた時にはすっかり夜になってしまっていた。
切らしていたアプリコットのジャムが手に入った所為か、青年は家が森深くだとしても足取りは軽くみえる。

ふいに鬱蒼と茂る草木が開けた。薪に使う木を伐採した際に出来た開けた場所に出た。ここまで来れば青年の住み家は直ぐだ。
広場のようになったそこを歩きながら、青年は木々の間から煌めく夜空を見上げた。月のない夜だからこそ、星々はより一層明るく、夜空を飾り立てている。
好きな景色に、彼は静かに口元を弛めた。

カラン、とカンテラの炎が細く揺れた。肌寒さを持った夜風が青年の頬を撫で、木々を揺すっていく。
風に乗り、狼の遠吠えが耳に届いた。
そして、微かな獣と異なる香りも。森の風は、青年へ様々な事を運んできた。

「この匂い……人間か?」

怪訝な顔で青年は風の吹く方角を睨む。
風の吹いた方角から逆算し、人間の居場所は森の祭壇付近からだと推測を立てた。
こんな月もない夜に何故人間が?
そもそもこの森から山岳一帯を銀河眼の住み家だと知って、足を踏み入れているのか?

青年は立ち止まり、思案する。竜の姿を消してから、都市からの貢ぎ物は相変わらずしつこくきたが、町村からは竜の怒りを買う、と噂が流れ森の祭壇まで侵入する人間は滅多にいなくなったのだ。
その間にも狼の遠吠えは更に数が増しており、喜んでいるようにすら聞こえる。
人間の匂いに、狼の歓喜の声。導いた答えに間違いはないだろう。

「くそ、俺の住み家を荒らす真似を……!」

気付くと苛立ちが青年を追い立てる。カンテラと調味料類の入った鞄を切り株に預け、青年は久方ぶりに強大で至高と言われる竜の姿になり、光を放つ四肢と羽根を広げて夜空へ飛び上がる。
冷たい風を感じながら、上空から祭壇を見下ろすと矢張り思い描いていた光景が広がっていたのだった。

祭壇の上に、手足を縛られ、口に自殺封じの布を噛まされた人間の少年が一人、ぽつんと転がされている。数の増えた狼は無防備な人間を餌と捉え、呻き、鳴き声を上げて今にも祭壇へと駆け上がろうとしていた。
そんな光景に、青年――銀河眼はとてつもなく苛立ち、冷たい夜風を肺一杯に吸い込むと大地をも震わすような咆哮を夜空から放った。
ビリビリと空気を震わす咆哮に、飛び上がった狼は蜘蛛の子を散らすように尻尾を丸め草木を分け入り消える。

銀河眼が降り立った時には、祭壇上で身動きのない人間の少年だけが残されていた。地面に足をつけると、銀河眼は直ぐに青年の姿になり、人間の傍へ駆け寄る。
白い四肢は荒縄によりきつく縛られ、赤くなり擦れて血が滲んでいた。口の水分を吸っていた布を取り払い、荒縄を切り離す。それでも、人間はぴくりともしない。脈はあるようで、単に弱っているだけなのだろう。

「おい、貴様。意識はあるか」

ぺしぺしと薄汚れた人間の頬を叩くと、固く閉じられていた眼が小さな呻き声と共に開かれた。

「――!」

「だ、れ……だ」

開かれたその両目に、青年は息を呑んだ。
薄く濡れた瞳は暗闇の中でも美しい青さを湛え、その中に猜疑心と強い意志が秘められていた。
弱り、声も枯れているというのに、少年はこちらをじっと睨み付ける。その目は、人間を嫌い疑うもので。
あまりにも美しい眸で嫌悪感を隠すことなく見るものだから。――青年は無意識の内に眼下の少年に親近感を伴う仲間意識を持ってしまっていた。

「――生きたいか」

「なに、」

「貴様、生け贄とは名ばかりの捨て子だろう」

「……っ」

「この森には狼がいる。一晩も放っておけば、奴らの餌だ。……だが、此処は竜の住む場でもある」

人間は突然話題を変えた銀河眼に目を丸くする。
流石に、竜が治める地と言う事は知っていたが、何故その話題になったのかわからない、という顔だ。しかし青年が言った境遇に間違いはなく、少年はやがて苦い顔になる。
そんな胸の内を知らない青年はゆったりと口角を上げ、笑うのだ。

「選ばせてやろう。このまま獣に血肉を貪り喰われるか、俺の……銀河眼の元に来るか」

「な、?」

「何故か?決まっているだろう。お前のその眼を俺が気に入ったからだ」

「テメェ、人間じゃ、ないのか」

「ああ」

さて、どうする?と銀河眼は少年の頬を撫で、問う。
少年は少し考え、稍あってからおずおずと銀河眼の手を取った。


若干衰弱気味だった少年を住み家である森奥の洋館へ抱き抱えて連れ帰れば、深く青い眸は瞬ききょろきょろと周囲を見ている。銀河眼には見慣れた光景も、少年には真新しいものに映っているのだろう。

「なあ、竜に名前はあるのか?」

「?銀河眼、という名のことか」

唐突な問い掛けに竜の名を言えば違う、と首を振られた。
暖炉の前でスープの飲みながら少年は再度口を開く。

「俺の名前は、凌牙だ。お前にも、……単体の名みたいなものがあるのか、って訊いたんだ」

「お前が俺を呼ぶ際の名か」

それは銀河眼の人生で、未だ数える程度にしか口にしていないものだ。面倒で銀河眼という名を突き通した所為でもあるが。
銀河眼は貢ぎ物の中から少年のサイズに合う服を引き出しながら、微かに笑う。貢ぎ物に見合うだけの干渉はしてきたが、まさか生け贄を自身の意志で連れ帰るとは初めての事だった。
そんな生け贄の子と何の抵抗もなく会話をしているというのも中々の驚きだ。

「カイトだ、凌牙」

「カイト?……っわ」

視線を此方に向けた凌牙へカイトは衣服をばさりと落とす。
ぼろ布よりこちらが似合う、と言えばカイトが持ってきた衣服を見た凌牙が目に見えて固まった。

「これ女物だろ!しかもドレスじゃねェかよ!」

「凌牙の細身に合うサイズがそれらしかなくてな。構うな、俺以外に見せはしない」

「……くそっ」

悪態をつかれたが、その表情は酷く羞恥に染められていた。
カイトがドレスを広げれば、凌牙はそこへ渋々腕を通す。薄いセルリアンブルーの人魚のシルエットの様なドレスは凌牙の色と美しさを更に引き立てる。

「綺麗だな」

「……。カイトだって、綺麗だ」

竜のときも、人間の姿も。
小さく呟かれた言葉に心臓が強く脈打つ。
人間だというのに、彼の目や声はカイトの心を落ち着かせてゆく。

「このまま竜のツガイにでもなるか?」

「冗談抜かせ」

傷付いた凌牙の手を取り、擦れた縄跡に口付けを落とせば、そこは何もなかったかのように傷が癒えていた。
目を見開く凌牙へ、カイトは至極穏やかに言葉を紡ぐ。

「傷が治ったら、真剣に考えてみろ」

何を、とは言わない。
長らく孤高の存在でいたが、パートナーがいるというのも悪くない、と銀河眼は凌牙の体温を感じながら思うのだった。


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