<ネタバレ>さなぎちゃんルートネタバレしています。</ネタバレ>





ふわふわと甘い香りが部屋いっぱいに漂う。
蜂蜜やチョコレート、バニラエッセンスやシナモン。

甘い香りはすべて、大きくて白いテーブルに所狭しと並べられた菓子から香っている。

そのテーブルに並ぶ椅子の一つに腰掛け、上機嫌に鼻歌を歌う彼女は大の甘いもの好きだ。新曲のサビを口づさみ、ぱたぱたと両足が揺れる。
これだけの菓子を揃えたのは彼女だった。珈琲よりもココアが好きで、サラダクレープよりもキャラメルソースとアイスクリームの乗ったクレープが好き。
そんな甘いもの好きな彼女は、蝶野さなぎという名前の現在大人気デュエリスト兼アイドルである。更に言うと、現在、さなぎ率いるバンドのワールドツアー1stライブが一段落着いたところだったりする。
毎回ライブは満員御礼、チケットはオークションにて高値がつく程の人気。歌や演奏も盛り上がるが、それ以上に合間で行われるさなぎやメンバーとのデュエルが更に会場を湧かせる。
彼女達のライブは大成功と言ってもよかった。

そんなさなぎ達へ、出資者側からライブの息抜きにと一週ほどのフリーの日が贈られたのだ。各々、好きな事に費やしてもいいのだが、彼らが初めに入れた予定はさなぎが提案したスイーツパーティーの参加だった。


「おい、さなぎ。最後の菓子が届いたぜ」

「たく、俺を顎で使うなんざお前等くらいだっての」

ドアが開くとラフな格好をしたバンドメンバー二人が入ってくる。藍色の髪をした少年が後ろに親指を向け口を開けば、菓子が乗るワゴンを押してきた金と紅色の髪の青年が呆れて言い返してきた。

「シャーク君にW君、わざわざ取りに行ってくれたんだね。ありがとう!」

菓子が届いた、という言葉にさなぎの眸がきらきらと輝く。逆に、シャーク君と呼ばれたベース担当の凌牙はほんの少し苦い顔になる。

「だから君付けは止めろってあれほど……」

「まァ、いいじゃねぇか。似合ってるぜ、凌牙クン?」

むすりとした凌牙の声を遮り、にんまり口角を吊り上げたのはリードギターを弾くWだ。
つい癖で、と笑うさなぎの前へWは運んできた洋菓子の皿を並べていく。甘いかおりが広がり、様々な菓子でテーブルは埋め尽くされた。

「W、テメェ喧嘩なら買うぞ」

「そんな頭に血を上らせるなって。お前も甘いモンは好きなんだろ?」

「そうだね。シャークは甘いもの好きだよ。ただ恥ずかしくて一人じゃ買いに行かないだけで」

「さ、さなぎ!それは言うんじゃねぇ!」

Wとさなぎのからかいに、凌牙の頬は苺ムース色に変わる。バンドメンバー内で最年少の上、素直ではない所謂ツンデレな性格の彼は他のメンバーから一番良くからかわれるのだ。反応が面白い所為か、皆凌牙を可愛がりながらもついついからかい倒している。
からかい役はWを筆頭として、Wとツインギターを担当している青年も負けず劣らずだ。

「成る程。だからホットケーキがあんなにも上手く作れたのか」

「ふふ、まるでパッケージ画像の様に綺麗に出来ていたからな。私達は味見をさせてもらったが、とても美味しかったよ」

「ええ!Xさんもカイト君も味見したの?早く食べたいなぁ!」

「あー……わかったわかった。ギラグが飲み物を持ってきたら好きに食え」

さなぎを宥める凌牙、という光景にツインギターの片方であるリズムギターを弾くカイトと、キーボードを奏でるXが、まるで猫の戯れ合いをみているかのように雰囲気を和ませる。
Wはやれやれと肩を竦めていた。

「おー。お前等揃ってたか。さなぎちゃんの要望通り、さっぱり系から甘い系まで、色々飲み物持ってきたぜー」

少しして、ドラムを担当しているギラグがポットやカップなどが積まれたワゴンを押して部屋に入ってくる。
さなぎファンなギラグは、大柄な身体に似合わず表情を嬉々とさせているのだった。

「さなぎちゃんの分は俺が淹れるが、お前等はセルフだからな」

「知ってるっての」

「面倒臭い……カイトと同じのでいい」

「俺は珈琲だぞ凌牙」

「では私は紅茶にしようか」

さなぎに甘いギラグが宣誓の如く言い切ると、さなぎ除くメンバーは慣れてしまっているらしく各々適当な返事を返した。


「よし、じゃあワールドツアー完走を目指して、お茶会を始めましょう!」

「正確にはお菓子パーティーだけどな」

「シャーク君細かいよ!」

ココアの入ったカップを片手に宣言したさなぎに凌牙はツッコミを入れたが、数秒後には言い合いながら二人とも小皿を手にテーブルに並ぶ菓子を盛り付けているのだった。

ラスクにマドレーヌ、ミルフィーユやチョコレート。
軽く摘めるものから、生菓子に氷菓子まで、より取り見取りな菓子たちをさなぎやメンバーは各々皿に取っていく。甘いもの好きなさなぎと凌牙はふわふわと花を飛ばしながら、大量に菓子を皿に取っていた。

「わあっ。シャーク君が作ったホットケーキ凄く美味しい!ふわふわで最高の食感だよ!ケーキ屋さんもびっくりだね」

「洋菓子店じゃホットケーキは扱わねぇよ。それよりか、このティラミスはさなぎがこの間雑誌で見てた店のだろ?甘過ぎなくていいな」

「うんうん。そうなんだよ、このお店のティラミスはさなぎお勧め!あとマドレーヌも美味しいから食べてみて」

「! 抹茶マドレーヌ旨い」

もぐもぐサクサクパリパリ。
細い体躯の何処にそれだけの量を詰め込めるのかという程の菓子を食していく二人に、思わず他の四名は食べる手を止める。
その間にも、ラスクの種類が豊富だの、ジェラートがカロリー控えめなのに口溶けと味付けアレンジがいいだのと、二人の会話は弾んでいく。

「女子かよ」

「何言ってる、さなぎちゃんは女の子だろう!」

「……トーマスが言いたいのは凌牙の事じゃないか?」

「兄貴の言う通りだ。下手したらアイツ、妹より甘味に詳しいんじゃねぇの……」

「まあ。ライブ開催地に着くたびに有名菓子はチェックしているな」

何とはなしにカイトが凌牙は甘味には詳しいぞ。と続けると、ホットケーキにフォークを突き刺しながらWが、女子か!と若干語気を強めて再度言い直した。二回言いたいほど大事な事だったらしい。
Wは凌牙の知らぬ一面を目にして唖然となりかけたようだ。

「ふむ。女性らしいと言うよりは……」

マカロンを摘むとXが会話に花を咲かせているさなぎと凌牙を見やる。さなぎの話へ相槌をうちつつ咀嚼を続ける凌牙の姿はどこか、

「さなぎと姉妹のように見えるのだが」

「それだ、兄貴」

「ああ……クリスの意見でしっくりきた」

ぼんやりと呟かれたXの言葉に、目を瞬かせたWとぴんときたカイトが同時にXを見て深く頷く。

「雰囲気でさなぎが姉さんで凌牙が妹だろうか」

「あー、だな」

「ん?カイト君とW君、どうかした?」

「なんだもしかして、もう食えないのか」

「何でもねェよ。いいからお前等は好きなだけ食ってろ」

此方を見てくるさなぎと凌牙を適当に撒くと、ツインギター二人とキーボード担当は、妹がいたらこんな感覚なのだろうか、と菓子をツマミに討論を始めていた。

「こりゃまた謎めいた空間だな……」

ツッコミがいない、とギラグがぼやく。

さなぎ率いるバンドメンバー。デュエルも人気も輝くものがあるが身内の人間にはとことん甘く、そして時折ツッコミがいなくなるのだった。


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