ハートランドシティの気候捏造有ります。




状況を整理するべきか、と眉間に皺を寄せ腕を組んだカイトへ、驚きで機能停止に陥っていたオービタル7が復活しそろそろと控え目にカイトを呼ぶ。

「カイトサマ……不良鮫ノ外傷デスガ、手ノ甲ニ擦リ傷ガアルダケデス」

唾付ケトキャ治ルヤツデスヨ、とオービタル7は両腕を忙しなく動かして報告をする。
そう言えばこのロボットと凌牙は仲があまり宜しく無かったな、と記憶から喧嘩腰の一体と一人を引っ張り出す。恐らく今からも口喧嘩辺りが始まるのかと、カイトのベッドから起き上がり此方を見ているだろう凌牙へと視線を向ける。

「……ロボットがペラペラ喋ってやがる」

「は?」

そこにいたのは、丸い瞳が零れ落ちそうな程に目を見開き、オービタル7を見ている凌牙の姿だった。
気の抜けた声が思わず口から洩れる。確かに、バリアライト搭載のオービタル7は他のオボットより格段に煩く話すが、凌牙もオービタル7が多くの語句を発する事は知っているはずだ。

「何ヲ言ッテル不良鮫! オイラハシッカリト喋ルゾ!」

「おわっ! ……ん?その『不良鮫』って俺のことかよ」

「ソウダ」

「俺は不良じゃねェ」

オービタル7が怒れば、彼は初めて聞いたかのように驚く。それから、稍あって自分に貼られた不良のレッテルに不機嫌混じりに否定をした。
そうしたやり取りを見聞きし、カイトは目の前の見知った姿形の凌牙が、凌牙であって自分達の知る凌牙ではないのではないかという可能性を導きだす。

「不良ではないのか」

「何でアンタも。 まあ、たまに授業はサボるけど。喧嘩もしねぇし教師の世話にはなってない、試験の結果もいい方だ」

ため息を一つ吐かれる。
凌牙はカイトと話をするより、オービタル7相手の方が会話に随分と緊張や驚愕を孕んでいた。――まるで逆だ、と感じる。カイトが知るシャークと呼ばれる彼は、オービタル7には売り言葉に買い言葉。カイトには幾分かの警戒と戸惑いを綯い交ぜにした会話を交わす。
だが。目の前の凌牙は、オービタル7を警戒し、カイトには少なくともオービタル7よりは、心を許しているかのように映った。

彼の言葉もだが、脱がせたコートの下に着ていた服装も引っ掛かる。
遊馬や凌牙が通うハートランド学園の男子制服はワイシャツに学年別の色をしたネクタイ着用、下はスラックスだった筈だ。しかし、彼は白いワイシャツの上に見覚えのない校章が小さく刺繍された黒のカーディガンを着ている。

「凌牙……お前の通う学校はブレザーなのか?」

「さっきから質問ばっかだな。 まあいいか。納得したら俺の質問にも答えろよ。――で、制服はブレザーだぜ。今年の冬は随分寒いから、カーディガンを着ていてもちっとも暖かくないんだよな」

「冬、」

「な、何だよ」

「意外と寒がりなのか、と思ってな」

「うるさい」

一年を通し昼夜の寒暖さや、四季毎に平均気温が一定以内で保たれているシティ内では、激しい気温の揺れがない。
例年より寒すぎる日もなければ、暑すぎる日もないのだ。ハートランドに住む凌牙がそれを知らない筈がない。そして彼が着ている制服も知らぬ学校のもの。

それはつまり。

カイトはオービタル7に言い椅子を凌牙が座るベッドと向き合うように運ばせると、そこへ腰掛けた。少し拗ねた顔の凌牙が、じとりとカイトを見る。
顔は神代凌牙そのものだが、こちらの凌牙のとる言動は素直さと僅かに年相応の愛くるしさが混じっている。驚いたり、警戒したり、拗ねたり、と表情をこの短時間に随分とカイトへ見せてくれた。

「さて、凌牙。今度はお前の問いに答えよう」

「あー、そう、だな。アンタ……確かロボットがカイトって呼んでたか……?」

「それであっている。俺の名は、天城カイトだ」

ロボットデハナイ!とぎゃいぎゃい言うオービタル7の名を呼び、ぴたりと大人しくさせると、カイトは凌牙へ質問の先を促す。

「分かった。で、カイト、何故お前は俺の名前を知っていた?そして此処は、何処なんだ」

「……先に、誘拐だのという犯罪絡みでは無いことは言っておこう」

凌牙が頷いたのを確認し、カイトは腕を組みかえ暫し考える。導きだした結論は、夢物語に近い内容だ。
それを凌牙はどう捉えるのだろうか。

「まず、何故凌牙を知っていたか。……それはお前と全く同じ姿形の奴を知っているからだ」

「同じ姿形、だと」

「名前も全く同じだ。初め見た時、俺が知る凌牙かと思い話し掛けた。だが、そうではなかった」

ドッペルゲンガー、と小さく呟いた凌牙に苦笑する。
当たらずとも遠からず。二人が鉢合えば双方がパニックになることは簡単に想像がついた。そこから問い詰められるのは、ベッドに腰掛ける目の前の凌牙だろう。終わりのなさそうな問答が手に取るように分かる。
それだけは避けたいものだと、心の裡でそっと呟いた。

「カイト?」

「――。すまない、考え事をしていた。 此処は何処かという問いだったな……先に、お前がここに来るまでの経緯がいるんじゃないか?」

青い瞳とかち合う。純粋さを秘めた彼の表情はどことなく迷い子に似ている。

覚えていないだろう、と口角を上げると、凌牙は悔しげに眉を寄せてから一つ首を縦に降ったのだった。

「どうしてなのか、教えてくれるのかよ」

「経緯の説明だけなら簡単だ。 弟と天体観測をしていたら、突然空に罅が入った。そこから凌牙、お前が落ちてきた」

「落ち……はあ?」

「だから、お前は突然空から落ちてきたんだ。 説明だけなら簡単、の意味が分かったか?」

目を瞬かせ口をぽかんと開け呆然とする凌牙の額へ、カイトは力を込め引き絞った指先を弾いた。デコピンの乾いた音と、額を押さえる凌牙の姿が新鮮だった。

「いっ……カイトてめぇっ!」

「痛かっただろう?少なくとも夢じゃないぞ」

そう、夢ではない。
空から落ちてきたのも、彼の体躯をこの腕で抱き留めた事も、こうしてカイトの知らない凌牙と会話をしている事も現実だった。

「意味、判らねぇ。空から落ちてきた、とか、あり得ない」

「だろうな。俺の憶測を言うのもいいが、恐らく先に現実を受け止めた方が手っ取り早い」

「?」

「着いてこい、お前の疑いを解消してやる」

怪訝な顔をする凌牙だが、オービタル7に待機を命じてからカイトが立ち上がると、彼を追うように凌牙も後へ続いた。
二人分の足音を響かせながらエレベーターに乗ると、最上階であるハートの部分、ハルトの部屋へと上がる。エレベーターといっても、四角い箱ではなく丸い円の形の装置に凌牙は一瞬たじろいだが乗ってしまえば一瞬で最上階へ到着した。


「すげえ……」

菖蒲色の少年が、ひゅっと息を呑んだのが分かる。
そこはシティを一望できる夜景が広がっていた。

何色もの人工灯が煌めき踊るハートランドの夜、それは目の前にいる凌牙には空想的な光景なのだろう。

「知らない景色か」

「――ああ。こんなに色とりどりの夜景、見たことない」

「此処はハートランドシティ。そして今いる場所はシティで一番高い建物で、俺達……俺と弟、親父が住むハートの塔だ」

「……俺は、そんな場所、しらない」

「そのようだ。恐らく、お前はこの世界の人間ではない、――似て非なる世界から来てしまったのだろうな」

ハルトは父親の所へ行ったようだ。二人だけの最上階はお互いの声以外に聞こえる音はなく、凌牙の微かに震えた呼吸音すら拾えてしまう。

「ハート、ランド……似て非なる世界? なんなんだ……訳分かんねェ」

「落ち着けと言うのも無理な話だろう。だが、この現実を受け止めて貰わねば、辛いのはお前だ」

「カイ、ト」

迷い子の眸がカイトを映す。
凌牙の小さく開いた口元から細く紡がれる名前に、この凌牙にはカイトという存在しか頼ることができないのだと思い出した。
デュエル以外、この世界の知識を持ち得ない迷子。そう認識すれば、カイトの腕は自然と凌牙へと伸び藍色の髪を不器用に撫でる。

「大丈夫だ。拾ったからには、きちんと面倒をみてやる」

「え、」

「取り敢えずは凌牙、お前自身の事を詳しく話してくれないか」

口元を僅かに弛め、カイトは凌牙を見据えた。


*
凌牙くん制服設定…ワイシャツに少し大きめの黒カーディガンと黒スラックス
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