幸せシリーズ…カイト24歳と凌牙17歳の設定話/パラレル




天城家の朝は静かだ。
朝と言えば、やれ着替えだ支度だ朝食だ、洗濯機を回す事がある家庭だって珍しくはない。そうした家庭があるなかで、カイトとハルト、二人だけが住む家の朝はとても穏やかだった。
穏やかでいられる理由は偏に朝食のメニューから二人が着ていく服まで、きっちりと用意されているという点に尽きる。
小さめの鍋の中にある野菜スープは温めれば直ぐに飲めて、冷蔵庫でラップにかぶさったハムとチーズをパンに挟めば朝食が簡単に出来る。ハルトが小学校へ着ていく服もカイトのシャツも綺麗に畳まれ、カイトが着ていくシャツはアイロン済みのパリッとした状態で二人の部屋に置かれ、カイトの場合はスーツ一式もハンガーに掛けられてクローゼットの開け口にちょこんと引っ掛かっているのだ。

支度と朝食の用意が無くなるだけで、朝は随分と余裕が出来るようになっていた。

「あ、」

「どうした、ハルト」

スープをちろちろと飲んでいたハルトが、付けっ放しになっているテレビに目を向けて小さな声を出した。そんな弟の声を拾った兄は、弟に習いテレビへ視線を遣る。

「きょうは、いい夫婦の日、だって」

「いい夫婦……成る程、語呂合わせか」

女性アナウンサーが伝える芸能界のいい夫婦という内容を聞き流し、マグカップに入ったココアを嚥下する。これは会社へ行けば話のネタにされるな、とカイトは内心げんなりしていた。

隠す気など更々ないが、カイトは自身の顔が整っている方であると、周囲からの反応で理解していた。女性から思いを告げられる事や、何にとは言わないが……誘われる事も一度や二度ではない。
最も。しかしながら、カイト本人には彼女達に応える気は全くないのだった。誘いは全てきっちり断っている。

彼には成長が楽しみな心やさしい弟がおり、それに。

「ふふ、ぼくから見たらいちばんのいい夫婦は、兄さんとりょうがだなぁ」

「流石、ハルト。 俺も同じ事を考えていたところだ」

カイトの脳裏に、日が沈んだ冬空に似た色の、深く美しい藍色が広がる。
――凌牙。その名を音に乗せる度に、幸福な感覚を実感する。気が強いくせに変に寂しがりやで、年齢差を気にしたり、それでも手探りで探し当てた愛情をくれる、カイトのただ一人だけの恋人。

会社で多数の女性に好意を寄せられている独身のカイトは、高校生の、しかも同性の恋人にくびったけだった。


「兄さんはりょうがが大好きだもんね。りょうがの料理おいしいし、優しいし……お母さんってこういう感じなのかな?」

「……そうだな」

幼くして母親を亡くしたハルトは、首を傾げ安心したようにそっか、と微笑む。その表情は、カイトの同意の言葉にとても満足したらしく嬉しげだ。

「前ね、りょうがが泊まりにきた時。ぼく、お母さんに置いていかれる夢を見て夜起きちゃった事があったんだ」

「……ハルト」

「今はだいじょうぶだよ。 それで、ベッドで泣いてたら、ドアが小さくこんこん、ってされてハルト?ってりょうがの声がして……ドアを開けたら、りょうがが目を丸くしてたの」

水飲みに起きたら、泣き声が聞こえてびっくりしたんだって。
ハルトはその夜を思い出しながら、ぽつぽつと言葉を紡ぐ。

「りょうが、ぼくが眠るまでずっと背中を撫でて涙を拭ってくれたんだよ。とっても温かかったなぁ」

凌牙の体温を思い出したらしく、ハルトは小さく笑った。きっと凌牙が取ったその行動は、彼自身も恐る恐るだっただろう。

ハルトがどれだけ救われたか、凌牙は知らない。否、ハルトだけではない。
夕方に天城家に来て夕食を作りにきてくれるお陰で、兄弟の夜は随分と賑やかになった。次の日の朝食の用意をしたり、洗濯を前日に回し次の日に畳んでおいてくれるのも凌牙だ。
朝はハルトともこうして話せる時間も出来、夜はハルトとエプロン姿の凌牙に迎えられ、他愛のない会話が愛しく感じられるようになった。

「夫婦、か」

「兄さん?」

「いや、何でもないさ。そろそろ行こう」

時計を一瞥し、二人は食器を片付けてから家を出る。ハルトはランドセル、カイトは鞄と燃えるゴミの袋を持って。



「あ、りょうが!」

「ハルト。……カイトもか」

「俺はついでか」

「おはよう」

「おー」

家を出た所で、丁度アパートから出てきた凌牙と鉢合わせをした。
声をかければ、眠たそうな顔で返事を返してくる凌牙にカイトは肩を竦める。彼もゴミ袋を捨てに来たらしく、片手には燃えるゴミと書かれた袋を持っていた。
真向かいにある収集所に二人で袋を置きネットを被せ終わると、片手が自由になったからか凌牙はぐっと伸びをする。

「ああそうだ。凌牙、」

「あ?」

「そろそろお前が住むアパートの賃貸契約引き継ぎがあったな?」

「あるぜ。それがどうかしたか」

「引き継ぎ、しなくていいだろう。いい加減俺達と同棲しろ」

「は、」

ぽかん、と凌牙の青い双眸が一層丸くなる。必死でカイトに言われた言葉を、脳内で理解しようとしているようだが生憎朝のローペースでは理解が追い付かないらしい。

正に時でも止まったかのようにカイトを見たまま停止する恋人の姿に、思わず唇が吊り上がってしまう。

「そろそろ通うのは十分だろう。家にいる間くらいは朝からお前の姿を見ていたい……だから、一緒に住め」

呆気にとられたままの凌牙の額に、カイトは軽く口付けを落とした。

朝、ゴミを出した後。
何気ない話をするように、トントン拍子で凌牙の住む場所が変わった。

そして、天城家の朝がすこしだけ賑やかになったのは少し先の事だったりする。


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