凌牙が五歳/ショタコン注意



休日だからか、凌牙と手をつなぎ天城兄弟が入店したカードショップは随分と賑わっていた。
「いらっしゃいませー」とおっとりした店員の声を聞いて、幼い子供の手がきゅう、と強く握られる。強く握ったのは興奮からなのだろう、きょろきょろ棚を見渡す桔梗色の髪にカイトは無意識の内に口角をあげていた。

「凌牙、カードたくさんあるね」

「ん、たくさん……!」

ハルトが同じく棚を見ながら言うと、勢い良く頷かれる。大きな眸が爛々と輝いていて、好奇心が渦を巻いているようだ。それは弟のハルトも、兄であるカイト自身も各々少なからず好奇心を揺すられている。
ハルトとカイトは近々行われるデュエル大会の予定表や最近使用率の高いカードを確認したく、凌牙はカードの並ぶ棚を見たいらしい。歯向かうと後が恐ろしい凌牙の姉の元へ早めに送る事も考えると、一旦別れてからまた行動した方が効率は幾分か、良い。

さてどうするべきか、カイトは腕時計を確認しふむ、と暫し自由行動の時間を考える。

「よし、自由行動にするぞ」

「!」

「え、良いのにいさん」

表情をぱああっと輝かせる凌牙。目を丸くするハルト。それぞれの反応にカイトは思わず写真に収めたい衝動に駆られた。
それはさて置き、ハルトの言葉には「凌牙をひとりにさせちゃうよ」と続くのだが、カイトはそれをアイコンタクトで受け取り肯定を返す。

藍色の子供の愛らしさ面では誘拐、セクハラ、大人が突然の変質者化とエトセトラ危険があるが、ここは防犯も確りしている店内だ。死角になりやすい場所には監視カメラ、店員や客の目がある。
何より、この幼子にそのような不埒な事をした暁にはカイトを含め、彼を愛する多方面から心身共に屠られるだろう。それは投獄されるより恐ろしい、と自信を持って言える。

「ただし、俺との約束を守る事が条件だ」

「やくそく?」

「そうだ。知らない人間にはついていかない。何かされたら店員か、デュエルスペースにいる俺たちの所まで来い。あと、俺とハルトが迎えに来るまで店から出ない。――これが守れるなら、秘密の寄り道の事を璃緒には上手く誤魔化してやろう。どうする凌牙?」

「ああ、まもれる!だから、……りおには、ないしょにするのてつだって?」

「……。いいだろう」

上目遣いに心臓を瞬時に鷲掴みされつつ、カイトは凌牙と約束を交わした。
璃緒と似てる、と指切りをするカイト見て凌牙がふと思った事は秘密だ。

紅茶の箱が入った袋は買い物には邪魔になるため、鮫のバックパックに食べさせて凌牙の両腕を自由にさせる。

「お前なら分かっているだろうが、他の客の迷惑になるような事は駄目だからな」

「しってる。ルールをまもって、たのしくかいものだろ?」

「そうだ。しっかり守って、寄り道を楽しんでこい」

大きく、こくんと首を縦に一回振り、凌牙は棚と棚の間に消える。横でハルトが「隙間に逃げる子猫みたいだったね」と笑いながら凌牙を比喩し、カイトも確かに似ていたと真面目な顔で自由行動にでた子猫の姿を思った。



「わあ……!」

凌牙は瞳をこれでもかと煌めかせ、カードパックが陳列されているコーナーを見上げていた。小遣いからどれだけパックが買えるか計算済みのお陰で、買いたい物が目移りしてしまう。因みに、ガラスケースや網の棚に並ぶレアや買い取り金額が記載されているカードは彼の眼中に無かったりする。
本日、凌牙の愛らしさの虜となった店員から小さめの買い物カゴを借り、その中へじっくり考え抜いて選んだカードパックを入れていく。

「んー、うん?」

悩んでいた最中、凌牙はふと隣に人が来たのを感じ、きょとりと視線を売り場から真横に向ける。
そこに居たのは、カイトと同じ位の年齢かもしれない青年だった。髪と、眼鏡の奥の瞳は同じ銀灰色をしている。先ほどまでの凌牙と同様、青年も真剣な顔でパックを吟味しているようで、見上げている小さな存在に気付いていない。
ぽやんと見上げていれば、横の青年は一歩、凌牙の方へ近付いてくる。青年と凌牙の間には殆ど距離がない状態での接近に、起こる事象は目に見えていた。

「わっ」

「?……な、え、ああっ! す、すまない、大丈夫だろうか?」

案の定、凌牙は青年の足にぶつかって尻餅をついてしまう。凌牙の姿に気付いた青年は驚き慌てていたが、直ぐに転んでしまった小さな存在を抱き起こしてくれた。服の埃を叩き、凌牙を立たせると青年は申し訳なさげに眉を下げる。

「怪我はないかい。此方の不注意でぶつかってすまなかった」

音をつけるなら、しょんぼりだろう。そんな青年に幼い群青色はカゴを掲げて誇らしげに言葉を紡いだ。

「だいじょうぶだ。おれも、パックえらぶときは、しんけんだから」

「怪我が無くてよかった。 ふふ、君の言う通りだよ。私もつい夢中になってしまう」

二人で小さく笑いあうと、凌牙は青年が選んだパックをじいっと見上げる。
璃緒情報で、青年が手にしているパックは天使族を軸に売り出されているものだと凌牙は知っていた。

「えっと……」

「どうかしたのか?」

青年に色々と話したい凌牙だったが、彼の名を知らない為言葉に詰まってしまう。どうしようと視線をおろおろさせ口を開閉する子供に、青年は瞳を瞬いた。

「あの、名前……知りたい」

「私の?」

「うん」

吸い込まれるような群青の両目に見上げられ、子供とはこんなにも純真なのかと感嘆してしまう。
目元を緩め、青年は子供にもわかるようゆっくりと口を動かした。

「ドルベ、だ」

「どるべ?」

「ああ」

「どるべ、どるべ……。どるべ、おれのなまえは、りょうが」

きちんと覚えましたと、凌牙は嬉しそうにドルベと青年の名を呼ぶ。「よろしく、凌牙」と返せば、凌牙は更に顔を綻ばせて笑ってくれた。

「どるべは、てんしぞくが、すきなのか?」

「ああ、そうだ。凌牙は、水属性が好き……なのだろうか」

「うん! さめのカードがすき!」

ドルベも同じように凌牙の持つカゴに入っているパックから、好みかもしれないカードをあげてみる。すると、当たりだったらしく擽ったそうに笑顔をくれた。
それにしても、凌牙の好きは随分とピンポイントだ。

「あと、パックをあけるときが、すきなんだ」

幸せそうな空気で凌牙はカゴに入るパックを見る。

「私もだよ。好みのカードが入っていると嬉しくなる」

「おれはさめのカードがはいってると、とってもうれしい」

「凌牙は鮫が本当に好きなんだな」

「さめは、つよいから!」

ドルベは群青色の髪を揺らす子供の好みを、素直に感心してしまう。
この子はどんなデュエルのするのだろうと片隅で考えつつも、腕時計を見やればそろそろ帰宅しなければいけない事に気付く。

「さて、私はそろそろ帰らなければ。楽しい時間をありがとう、凌牙」

「どるべ、かえっちゃう?」

「洗濯物が干したままだから、取り込まないといけないんだ」

「せんたくもの……おれもかえって、りおのてつだいしたら、りおはよろこぶかな?」

「手伝いは誰だって嬉しいものさ」

財布を出し、首を傾げる凌牙の頭をぽんぽんと撫で彼の問いを肯定する。
りお、が凌牙の親なのか兄や姉なのかは分からないが、こんなにも愛らしい子供に手伝ってもらい喜ばない人間はいないだろう。それは強く言える真実だ。

「鮫がモチーフのカード、入っているといいな」

楽しげにドルベが言えば、凌牙は照れたように口元を小さく上げて、丸い目をきらきらさせる。
そうして二人にとって初めての邂逅は、軽く手を振り交わし穏やかに過ぎたのだった。


「やけに機嫌がいいな凌牙」

「秘密の寄り道が楽しかった?」

「ん、たのしかった! たくさんカードみれたし……あと、ドルベといろいろおはなしもできたんだ」

「うん?ドルベ?」

「……姉に報告する事が増えたな」

Wの様に厄介な匂いがする、とカイトは眉を顰め、一方でハルトは目を丸くさせる。そんな兄弟の間で手をつなぐ子供はとても上機嫌に花を飛ばすのだった。


「りおー?ただいま」

「はい、凌牙お帰り。……それからお迎え有り難うハルトにカイト」

玄関先で帰宅した幼い弟をぎゅうっと抱き締め、一人で買い物が出来た事を褒めながら、女王は凌牙に新たな友人が出来たらしい事を天城兄弟の兄から密かに報された。それと、寄り道は秘密らしい、とも。

「……家まで送ってくれるとは驚いたけれど、素敵なお知らせに感謝するわ」

GPSだけでは判らない事がありますもの、と氷点下の笑顔のままカイトにだけ聞こえる声で璃緒が囁く。凌牙とハルトには慈母のごとき優しさで接するというのに、カイトを含め璃緒自身と歳が近い者には接し方が忽ち氷の女王となるのだから、彼女には逆らいたくない。

「……りおー」

「凌牙ね、疲れちゃったみたい」

「ふふ、今日は沢山頑張ったから疲れたのね」

ハルトと話していた凌牙が少しして、よたよたと璃緒の腰に抱き付く。何とも可愛らしい姿にハルトも優しく微笑んでいた。

「――これでは長居は出来ないな」

「貴方の諦めがいいなんて珍しいですわね」

「まあな。今日は楽しませてもらったからだ。ハルトもはしゃいで疲れたのもあるが」

兄さん?と見上げてくるハルトを撫で、カイトは満足そうに口元を上げてみせる。

「またな、凌牙」

「ん……。カイト、ハルト、ありがとうな。 ばいばい」

眠たげな藍色の子供とその姉に見送られ、天城兄弟は家をあとにした。

凌牙が昼寝に入った後。カイトへは牽制する内容のメールが届き、ドルベには神代璃緒と名乗る人物が来訪したのだが、くうくうと眠りの中にいた凌牙は知らない。

斯くして、凌牙の初めてのお使いは満点の出来で終わった。


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