全速力で歩道を駆ける。息が上がる毎に時間も駆け足で過ぎて行く気がした。
あと十分程で朝礼の時刻になってしまうというのに、遊馬はまだ家から出たばかりだ。昨夜、少しばかり夜更かしをしてデッキを調整していたのが起床時刻に起きられなかった敗因だった。
隣を音もなく着いてくるアストラルへ、早めに起こしてくれよ!と叫んだが、それは君の仕事だろうと一蹴されこちらでもまた敗北した。憑いてる癖にと言ってやりたいが、水のような生命体の言葉は正論でぐうの音もでない。
あれこれ考えているうちに、ぱっと歩行者信号が停止の色に変わってしまった。

「あー!マジかよ……」

がっくりうなだれる。力なく肩を落とし、恨めしげに信号機を睨み付けてやる。そんな事をしても現状は変わらないのだけれど、過ぎて行く時間がもどかしくて仕方ないのだ。


「お前どうしたんだ」

「へっ?あ、シャーク」

き、とタイヤが止まる音がすると、車道側からよく知った声がかけられた。遊馬はきょとんと目を丸くする。
目線の先に居たのは、バイクに跨った凌牙だった。焦り足踏みで信号機の点滅を待つ遊馬を見て全てを覚ったらしく、彼は青い眸を呆れたように細め同時に溜め息を吐いた。

「寝坊かよ」

「うっ」

図星をつかれた遊馬は悔しげに目線を反らし、やがて観念したのかこくりと頷く。案の定凌牙に鼻で笑われたが、拗ねる前にタイミングよく信号の色が変わってくれた。

「あ!じゃ、オレ急ぐからっ」

勢い良く駆け出そうとした遊馬を引き留めたのは、愉快だと笑んでいた人物の手だった。腕を引かれ、何だと振り返ると青い目が遊馬を捕えている。途端に胸が詰まる。

「待て、遊馬」

「へ?わ、ええっ!」

曲線を描いて遊馬の腕に投げられてきたのはバイクのヘルメット。何か声を出すより早く、凌牙は親指で座席の後部を差してにやりと口角をあげた。

「どーせ今から走っても間に合わねぇだろ。 乗ってけよ」



*

風が遊馬の後ろを過ぎていく。すいすいと景色が進んでいるが、胸が煩い程に高鳴っている遊馬にはそれを嬉々と見ている余裕が中々生まれない。
凌牙の背から彼の温度がじんわりと伝わり、脇腹へと回した腕はぎゅうと凌牙の服を握っていた。混乱した頭で慌てて服を掴んだため怒鳴られるかと思ったが、凌牙は何も言わないで車輪を滑らせていく。風を受けるその背はどこか楽しそうに感じた。

「しゃ、シャーク」

「あ?」

「二人乗り……大丈夫なのかよ」

「……。裏道行くぞ」

一瞬の沈黙の後、凌牙は素早く角を曲がり通行の少ない裏道へコースを切り替える。曲がる寸前、よく掴まってろよとミラー越しに不敵な笑みと目が合い、遊馬の頬に一気に熱が走っていく。

「余裕で間に合うな」

「ん。サンキューな、シャーク」

「勘違いすんじゃねぇ。この間の借りを返しただけだ」

「……へへ」

あと数分で学校の門の付近へ着くが、もっとこうしていたいと遊馬は思ってしまう。もう少しだけだなんて、風を切る一瞬一瞬を惜しく感じた。


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