誘拐された鮫さん




目が覚めると、そこは別世界でした。

「んな訳あるかよ……」

そんな簡潔な説明で済んだらどれほど助かったか。凌牙が目を覚ました場所はどこかのホテルの一室だった。窓には遮光カーテンが引かれ、薄暗いはずの室内を橙色の明かりを発する間接照明が影を浮かび上がらせている。ふかふかのベッドの上で意識を取り戻した凌牙はきょろりと辺りを見渡す。

「此処何処だ」

そして、肌触りの良いシーツを指先で触れながら頭を抱えた。
内装からみて、そういった用途で利用する宿泊施設で無いことに安堵するも、凌牙が自分の足で此処まで来た記憶は無い。序でに付け加えるならば、そういった用途とはつまりまあ、雄しべ雌しべ云々コウノトリのお手伝い云々、特殊な趣味の人間の披露宴場などに利用される事である。
といった注釈は除外をして、再び彼は置かれている自身のフィールド状を理解しようとする。デュエルではないが、例えたとしても、自分の場にある伏せカードすら解らない見えない罠に思わず舌打ちをしてしまう。

サイドボードに置かれたデジタル時計は最後に見た時刻よりも二時間ほど進んでいた。
二時間前、凌牙は自宅のベッドの上でメールの応酬を繰り広げていたのだ。不良だのと言われているが、彼自身は無自覚のツンデレ属性に世話焼きという、モンスターカードならばある種の最高な効果を持っていることだろう。そんな彼はメールを無視する事が出来ず、かといって上手な切り返しが出来なかったが、相手はそれで満足らしく凌牙が返信をするたびにポンポンと返事を寄越してきた。
しかも、そっけない凌牙のメールの文面からどうしてそうなるのかと言うほどの斜め上のポジティブ翻訳をしてくるのだから呆れてしまう。……それが二人もいるのだ、頭が痛くなるが。

おそらく、意識を失ったのはその返信をいそいそと打っていた最中だ。自室のベッドに寝そべり返信を返していた中、背後に何者かの気配を感じて視界が暗転したのを朧気だが思い出してきた。

そうだ、俺をこんな場所に攫った奴は、

「漸く目覚めてくれたか」

「……ドルベ」

猫耳だ。
違った。冷静を人型にしたかのようなバリアンの一人である青年だった。
名を呼びそっと後退るが、人間の形をとるドルベはそれを気にも止めずに、ゆるりと口元を吊り上げて微笑む。

「嗚呼攫って良かった。神代凌牙、君を見るととても――堪らなくなる」

「……」

恍惚とした表情でじりじりと、鮫を猫が追い詰めていく。これは、危険だ。眼前の青年はゆらゆらと瞳に雄の色を湛え凌牙を見据えてきた。
はあ、と熱の籠もった吐息を吐くドルベから貞操の危機を感じ迫る男を蹴り倒し逃げるしかないのか、と己の素足の爪先を見て凌牙は意を決したのだが、それは実行に移る事はなかった。
「!」

ガタンと窓が開きカーテンが風によって舞い上がり、ドルベの背後の出入口の扉が軽い音をたてロックが外れた。双方の出来事が驚く事にほぼ同時に起こったのだ。

「くっ!妨害だと……!」

「ふん、俺を出し抜けるとでも思ったのか?」

「いけませんねぇ。一人だけ美味しい思いなど、本当に、いけねェよ」

「カイト、W……?」

苦虫でも噛んだようなドルベの声に、聞き慣れた二人の声がかぶさる。ひとつは、窓から。ひとつは、出入口から。
困惑した凌牙は双方の姿を視認しようと窓とドアを交互に見た。照明の明かりが、先ほどまでメールをしていた相手である彼らを照らしだす。視界に映る二人の闖入者の目は人でも殺ってきたかのような鋭さをバリアンの青年へと向けている。

さあっと妖しい気配が霧散し、凌牙はほんの少し安堵した。お互いの了解の無い性行為、ダメ絶対。

「おい、猫耳野郎。テメェ何一人で美味しい真似してんだよ」

「なんだと、アークライトの次男坊。貴様こそ凌牙に、構って貰っている、という事を理解したらどうだ」

「ああ?構って貰っている?ハッ、生憎凌牙は甘え方が下手なもんでなァ、こっちが歩み寄らないと寂しくて独りで泣き出しちまうんだよ」

「それはお前の方ではないのか?どちらにせよ、私は貴様が彼に気安く近付くのが気に食わないな」

「おーおー。そりゃお互い様だ。俺もテメェがこうやって凌牙を誘拐するなんざ気に食わないし、お前に大切な俺の一番のファンを喰われるのはいただけねぇなァ!」

「……うぜぇ」

出入口――ドルベの背後から闖入してきたWがドルベを視界に入れた途端、二人は静かな言葉の殴り合いを始める。段々とデッドヒートしていく言葉の殴り合いに、凌牙は溜息と共に率直な感想を零した。
ここで、「俺の為に争うな」だのと軽口を投げようものなら、争いを静めるために二人のいかがわしい夜食の餌食になるのは火を見るより明らかなので口をつぐむ。この二人に好き勝手されるなどごめんだ。

「――。全く、お前は油断すると直ぐこれだ。危機感とやらは妹関連にしか働かないのか」

「カイト。Wの奴もだが、どうして俺が攫われてここにいるって判ったんだ」

窓際から声がかかり若干疲れを滲ませた声で訊くと、カイトからにべもないといった顔で返答が返ってくる。

「ん?ああ、攫われたと思ったのは返事が返って来なかったからだな。もしやと、凌牙のDパッドの現在地を検索してみたら街中のシティーホテルが表示されて……矢張り正解だったようだ」

Wも同じ探し方をしたのだろう、と得意気にさらりと言った内容は素っ気ない所ではなかった。ストーカーって意味知っているか?と問わなかった凌牙の思考は麻痺してきているのだろう。

「それにしても、奴等は何をしているのだか」

窓から乱入したのは更に正解だったな、と罵詈雑言が飛び交うドルベとWを見やりカイトが肩を竦める。

「あれに口を挟む気力は、俺にはねェよ……」

「言わせておけばいい。 さて、凌牙。奴等は放っておいて俺と逃走劇なんてどうだ?空から街を一望出来るオプション付きだ」

「は」

無視を決め込んだカイトが口角を上げてすっ、と凌牙の手を取り楽しむように彼をベッドから引き上げた。
凌牙が素足だと知ると、事も無げに膝の裏へと腕を通しあっさりと抱え上げられる。

「はあ!?カイトてめぇ抜け駆けしやがって!」

「な……っ凌牙!」

その光景を目にすると口論をしていた二人は、目を鋭くしてカイトを睨んだ。だが、睨まれるカイトはあっさりと彼等を一笑に付してしまう。

「お、おい……大丈夫なのかよ!」

「好きに言わせておけ。お前から目を離した奴等の自業自得だ」

行くぞ、と彼等が追い付く前にカイトは凌牙を抱き上げ、ホテルの窓からシティの夜空へと躍り出た。
オービタル7の飛行モードで風を切り、見下ろす街は息を呑むほど綺麗に映る。


この後カイトが言った通りの逃走劇が始まるのだが、勝者が揺らぐ事はなかったとか。



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ネタ提供ありがとうございました。
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